慶長戦国志1〜小田原大戦 吉本健二

 関ヶ原合戦後100万石のお墨付きを反故にされた伊達政宗が発狂。あいさつに来たはずの江戸城で秀忠をさらって戦端を開く戦国シミュレーション。
 いくらなんでも無茶苦茶なタイミングで戦乱を起こしすぎである。後から「実は手を打っておいたのだ」と説明される形なので、よけい破天荒に感じられた。
 また、戦いの展開も江戸と小田原を行ったり来たりの後詰め戦を繰り返していて、政宗が主導権を握っているとは言い難い。伝令が飛び込んできて江戸か小田原に向かう展開が何度でてきたことか。

 いろいろアラがある印象で、作者の初期作なのかと思ったら、そうでもなかった。
 たしかに全体の構成は疑問が多いが、部分部分の描写は調査が光っている。最大の長所は江戸周辺を戦場にしているため、関東の読者にも地理が分かりやすいことではないか。

慶長戦国志1 小田原大戦 (歴史群像新書)
慶長戦国志1 小田原大戦 (歴史群像新書)
カテゴリ:時代・歴史小説 | 22:16 | comments(0) | trackbacks(0)

興亡の世界史02 スキタイと匈奴 遊牧の文明 林俊雄

 ヘロドトスと司馬遷、東西の代表的歴史家が言及した中央アジアの騎馬遊牧民について、最新の発掘調査をふまえた知見が紹介されている。両者の共通点や東から西への変化など、注目すべき要素は多い。
 匈奴とフンを同一視する有名な説については「よくわからない」と真摯に答えている。ドイツやロシア、ハンガリーでは定説になっているらしく、肌に感じるものが(間違っているとしても)あるのかもしれないと思った。
 あと、トルコの紙幣に冒頓単于がいることを知って驚いた。トルコ人が成立時に民族的アイデンティティを必要としたことに関係があるのだとは思うが、ずいぶん遠くの人物を紙幣にするなぁ。
 ともかく遊牧民族のルーツは探りにくいこと、この上ない。
 まだまだ古墳はあるみたいなので、遺体から遺伝子サンプルを集めていけば、あるいはと期待はできる。地球温暖化が脅威になっているのは、なんの皮肉だろう。世界を騎馬遊牧民が支配していれば、まだ地球温暖化は起きていなかったんじゃないかな。

 研究の舞台が広大で、旧共産圏が多いことから、他の地域の歴史研究にはない特色が現れている点も興味深い。関連史料を原典で読もうとしたら、何ヶ国語をマスターすれば良いのやら……ハザールの本で、三言語は必要と書かれていたことを思い出した。
 政治が研究に影響を与える度合いも強いらしく、その事情を看破した著者にロシアの研究者が囁いたエピソードはなんか印象に残った。
 スキタイの古墳と日本の古墳に、それなりの共通点が感じられるのも面白かった。研究者それぞれの背景によって気付けることが違うはず。異なる文化間で、研究者を出しあうことには価値がある。

 遊牧民が連れ去った農耕民に、農業をさせていた可能性も興味深かった。慣れない土地で強いられて農業をやらされた人々の苦労は想像を絶する。雨量は多いのかもしれないが北斜面では寒さも相当激しかったのでは……ほとんど文字に残らない人々の生活に、想いを馳せる機会がえられて有意義だった。
 あと、盗掘者については怒りしか感じない。目・即・斬の遊牧民時代が続いて欲しかったと研究者は思っているに違いない。そうすると古墳を掘れない可能性もあるか……。

関連書評
歴史・中 ヘロドトス/松平千秋・訳
ハザール 謎の帝国 S.A. プリェートニェヴァ著/城田俊 訳
テュルク族の世界〜シベリアからイスタンブールまで 廣瀬徹也

スキタイと匈奴 遊牧の文明 (興亡の世界史)
スキタイと匈奴 遊牧の文明 (興亡の世界史)
カテゴリ:歴史 | 19:58 | comments(0) | trackbacks(0)

歴史・中 ヘロドトス/松平千秋・訳

 ずっとダレイオスのターン!なのだが、脱線しまくるいつものヘロドトスなので、ダレイオスの時代を一貫して描いているとは感じさせない。余談を語ることがヒストリエの目的だって自分で言っちゃっているよ、この作者。
 窮状にある相手に対して、ダレイオスは強く同情できる王であったことが色々なエピソードから分かる。
 焦土戦術によって失敗の瀬戸際にたった遠征からよく無事に帰還できたものだ。
 イオニア叛乱前後のことから、ギリシア方面だけでもこんなに多くのことが起こっていたなら、広大なペルシア帝国全体では処理するべきことが毎日大量にあっただろう。
 それともギリシア人が特別に騒々しいだけなのか……その可能性も無視できないように思われる。ただでさえ手の掛かるギリシア人を支配下に組み込んだ上に、他のギリシア人と戦争しようとするなんて、ペルシア帝国の官僚は頭痛が治まらなかったに違いない。
 しかも、都市国家ひとつひとつに対処しなければならないことが、統治の面倒くささを加速させている。代わりに手に入る物もあるには違いないが、ペルシア人に戦争を仕掛けようとしたクロイソスに賢者の掛けた言葉を思い出してしまう。
 まぁ、東地中海と黒海の制海権も絡んでいるので、ダレイオスの視座からみえる発展の可能性がいろいろあったに違いない。

 他にはスパルタの制度に関する記述が興味深かった。スパルタ王の特権が並べ立てられているのだが、こんなにたくさんあるというよりも、数ページで書ききれるほど制限されていると感じた。本当に無制限の権力が許されていれば、記述はどんどん簡潔になるのも確かである。

 中巻のクライマックスになる「マラトンの戦い」も記述があっさりしていて、多くの本でマラトンの戦いに関する分析を読んだ立場からは拍子抜けした。
 詳しく書いてあれば多様な解釈がなりたつわけもない。当然のことではある。プラタイアとアテナイの関係もおもしろい。スパルタがアテナイとボイオティアを噛み合わせるために、プラタイアにアテナイとの同盟を勧めたところなど、神託に社会が左右される一方で、外交戦が展開されていて感心する。

 多くの神託が出てきたが、特に当てはまる事が起きなくて忘れ去られた神託はどれほどあったのだろう。そっちも紹介してほしいものだ。

関連書評
歴史・上 ヘロドトス/松平千秋・訳

歴史(中) (岩波文庫 青 405-2)
歴史(中) (岩波文庫 青 405-2)
カテゴリ:歴史 | 19:45 | comments(0) | trackbacks(1)

興亡の世界史00〜人類文明の黎明と暮れ方 青柳正規

 先史時代から古代ローマ時代までの文明を概観し、何らかの法則を求めたりする興亡の世界史シリーズ先頭の一冊。
 遺跡調査の経験がすばらしく豊富な著者によれば、文明は発展と同じ原因で衰退する傾向にあるらしい。成功体験は、失敗の元。変化することが出来なくなった時点で「変化させた力」は内側に向かって我が身を滅ぼすことになる。
 まぁ、一度も絶頂を経験しないよりは良いかな……などと投げやりに考えないでもない。
 それに、強みとされるものが複数あっても、そのうち一つが弱みになれば、著者のような見方が出来る。どうしても後付け風に原因を見つけることしかできないのではないか。そんな懸念も浮かんだ。
 変化し続けることが強みだった場合はどうなのかな?適合しない異物まで取り込んで自滅する日が来るのかも……。

 文明各論については、幅広くかつ最新成果を紹介してくれている。日本の縄文時代も世界の古代文明と比較する中で描かれており、視点が興味深い。
 農業を始めれば良いというものではない時代が長らくあったのだ。
 いわゆる四大文明やギリシア・ローマ文明はお約束だが、インカ帝国の前にあったアンデス文明の事例紹介が興味深かった。標高と降水量、農業の関係がずいぶん特殊である。
 そして、発祥が古い故に典型と感じられるメソポタミアやエジプトの文明も、全体の中でみればやはり特殊なのだと、著者が主張したことが何となく分かった。
 何らかの特異な原因で文明は発生するので、特殊でない文明があったらそれはそれで特殊ということになりそうだ。

 文化と文明の違いに関する話も興味深い。文化は別の知的生命体の間に受け継がれないが、文明はそれがありえるとも解釈できるかな。

関連書評
興亡の世界史1〜アレクサンドロスの征服と神話 森谷公俊
興亡の世界史3〜通商国家カルタゴ 栗田伸子・佐藤育子
興亡の世界史10〜オスマン帝国500年の平和 林佳代子

人類文明の黎明と暮れ方 (興亡の世界史)
人類文明の黎明と暮れ方 (興亡の世界史)
カテゴリ:歴史 | 01:00 | comments(0) | trackbacks(0)

騎士団 須田武郎 新紀元社

 中世を彩る騎士たちの中でも、特別な存在である騎士団について、歴史や組織を紹介してくれる本。
 騎士団と関連が深い十字軍やレコンキスタ、英仏百年戦争、ばら戦争についても、まとめられている。宗教と強く結びついたものから、宗教の体裁を帯びながら政治色の強いもの、完全に政治に従属した騎士団まで時代や社会を背景にした様々な騎士団が描かれている。
 そんな中、騎士団長が豊富な政治力で、騎士団の政治的地位を強めたドイツ騎士団の存在が興味深い。逆に金はあっても政治力が足りなかったテンプル騎士団が純朴に見えてくる気もした。
 レコンキスタやプロイセンで活躍した騎士団の姿をみれば、新大陸で活動する余地があったようにも思われるのだが、現実はあまりそうなっていない。ポルトガルのキリスト騎士団はあるものの、時代の流れはいかんともし難いことを感じた。

 さまざまな騎士団が経験した戦いが分かりやすい戦況図でまとめられており、読んでいて楽しかった。イングランドの長弓兵によって叩かれまくった印象がついてしまうのは、いかんともしがたいが……ガーター騎士団のようにイングランドにも騎士はいるって事で。イングランドのシステムが評価されているの読むと、タギネーの戦いは先進的だったんだなとも思った。軍事に再発見はつきものか。
 エドワード黒太子がエドワード三世より先に死んだのも残念だが、ヘンリー五世がいいところで死んだのも残念だなぁ。英仏戦争については何となくイングランドを応援してしまう。いっぽう、ウェールズやスコットランドとの戦争ではイングランドの敵を応援してしまうから不思議である。

 騎士団は多くの作品に出てくる要素でもあり、漫画で言えば「ホークウッド」や「アルカサル」を読む際の参考になる。私の場合は漫画が先なので「あれはこういうことだったのか」という感想になりがちだが、副読本として、かなり良いと思った。
 この本を読んだおかげでホークウッドのトーマス・ホランドとエドワード黒太子の関係を見る目が変わりそうだ。エドワード三世も意味不明な行動で淑女を救うなんて、意外と気の利いた人だなぁ。

騎士団 (Truth In Fantasy)
騎士団 (Truth In Fantasy)
カテゴリ:歴史 | 11:25 | comments(0) | trackbacks(0)

四方世界の王4〜あらゆるものの半身、月齢の30 定金伸治

 ついに明かされるナムルの正体。エリシュティシュタルの存在によって嫉妬しまくるシャズ。ハンムラビが彼女にとって本来の姿ではないと言明したので、安心して萌えることが出来るとか何とか。あざとい。
 ベルシャルティはもっとあざとく、リム・スィーンによって千夜一夜物語のシェヘラザード状態に追い込まれている。まったく酷い覇王もいたものだ。あれではまるで金の卵を産む鶏を殺す愚かな男ではないか。

 エシュヌンナを巡るシャムシ・アダドとイバルピエルの戦いは兵力の多い側が勝った。一周して結果が順当なところに戻ってきた。イシュメ・ダガンを部隊の指揮官に任命したのはシャムシ・アダドなので、息子の落ち度は彼の落ち度でもあるはず。処断は簡単ではないな。
 イバルピエルが敵を育てた恩を、イシュメ・ダガンは早速返した。そういう見方もできた。

 シャズによる昔の王は寿命が長かった話は、初期の天皇が長く在位していることも、ついでに説明している気がした。しかし、時代の古さでは大きな差があるので、無理か?冥界の濃度は世界で一様ではなく、広がっていくと考えれば問題はないのかもしれない。
 本人がシュルギの時代から「生きている」ことも、同様に説明したいところだが、胞体を認識できている以上は長寿の原理は働かないはず。もっと複雑なズルをしているな?

四方世界の王4 あらゆるものの半身、月齢の30(シャラーシャ) (講談社BOX)
四方世界の王4 あらゆるものの半身、月齢の30(シャラーシャ) (講談社BOX)
カテゴリ:架空戦記小説 | 17:46 | comments(0) | trackbacks(0)

四方世界の王3〜40の智は水のごとく流れる 定金伸治

 イバルピエルと100人の仲間たちが、圧倒的なアッシュール軍を翻弄し、ついにはイシュメ・ダガンを捕獲する。
 まるで詐欺にあったみたいな状況で、イシュメ・ダガンに深く同情せざるを得ない。常識的にありえない寝返り策を四回連続で成功されてしまってはたまったものではない。
 神でなければ薬物でも併用したんじゃないかと思えてくる。まぁ、酒の力は借りているが。
 イバルピエルは挿し絵でも優遇されているーー乳首券の発行もされているが――感じだったが、あとがきによれば作者も同じように思っていたみたい。

 シッパルの方ではナムルがイバルピエルとはまた違う人たらしの才能を開花させて、エリシュティシュタルを手なづけた。おかげでシャズを含めた三角関係ができてしまったわけだが「惚れた弱み」がシャズとエリシュティシュタルの側にある以上、ナムルの最終的な勝利は揺るがない。
 シャズの予言によればアウェール・ニンウルタも誑かされてしまうみたいだし、ナムルのハーレムは強力だ。

四方世界の王3 40(エルバ)の智は水のごとく流れる (講談社BOX)
四方世界の王3 40(エルバ)の智は水のごとく流れる (講談社BOX)
カテゴリ:ファンタジー | 22:14 | comments(0) | trackbacks(0)

海戦 世界戦史研究会 新紀元社

 ガレー船の時代から、航空母艦の時代まで。艦船の進歩にあわせて海戦の歴史を追っていく。戦場も地中海世界から大西洋、大西洋から太平洋へと推移していくことが興味深かった。日本の海戦を多めに取り上げている関係もあるが。

 中世や近世のいまいち知名度の低い海戦も取り上げられていて、個人的に知識の薄い部分をカバーしてくれた。
 17世紀になってバルト海ではロシア海軍がガレー船でスウェーデンの帆船に勝利を治めている点が興味深い。近世にカエサルの艦隊かと。気象条件がハマってしまえば有利不利が逆転しうるし、一瞬の偶然で歴史の流れが大きく変わってしまうのが海の歴史である。

 記述にはアラが目立って、艦船の解説からして帆船が現れた年代の説明が明らかに混乱している。受動の文章も使い方がおかしいし、珊瑚海海戦でニミッツ提督が直接指揮を執ったみたいな描写まであった。
 よって全体的に記述にはあまり信頼がおけない。
 すべての船を「号」づけで呼ぶのは、ここまで徹底されれば筋が通っているとも思えてくるが流石に「大和号」は読んでいて辛かった。国名や岳名が使われている以上、号をつけて艦船であることを意識させたいのは分からないでもないが……。

海戦 (Truth In Fantasy 84)
海戦 (Truth In Fantasy 84)
カテゴリ:歴史 | 01:13 | comments(0) | trackbacks(0)
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