ムガル帝国の興亡 ナショナルジオグラフィックDVD

 バーブルとクライブ。ムガル帝国を興した人間と、実質的に息の根をとめた人間。二人の人生を対比的にえがく映像資料。
 半透明にした映像を重ねて表示する表現がナショナルジオグラフィックのお気に入りらしく頻繁に出てきた。中途半端に資料のあるクライブの方がモノクロで描写されるボリュームが大きくて、バーブルはカラーで描かれているところも面白い。

 バーブルのパーニーパットとクライブのプラッシー、二人がインドを得た戦いがどちらとも兵力が敵の十分の一に近い極端に不利に感じられるものだった点も印象的だ。
 いくら数を集めても外部の革命的な勢力には遅れをとってしまう。逆に改革を起こして殴り返すのは苦手に見える。思想や学問の分野では功績があるのだけど。

 ムガル帝国の二代目であるフマユーンの名前が頻繁に出てくる割に、事跡が紹介されないことにニヤニヤしてしまった。まさに命懸けで病から救った息子があんな問題児だったなんてな。まぁ、フマユーンに続く血を残したことに意味はあるので、バーブルが道化というわけでもないか。

 クライブはほとんど人格破綻者で躁鬱病はともかく阿片への依存は非常に心証が悪い。しかし、近代の人間だから細かく人物像が残されているだけで、他の征服者にも似たような人物がたくさんいたのではないか?そう考えると、彼の記録には個人に留まらない史料価値が感じられる。
 もしも、彼が北アメリカに派遣されたら何が起こっていたのか。歴史のIFを感じさせる叙述もあった。

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忘れられた王国〜グレートジンバブエ遺跡〜 ナショナルジオグラフィックDVD

 サラハ以南のアフリカに存在する巨大な遺跡グレートジンバブエ。聖書に登場するジェバの女王に関連すると第一発見者に主張された遺跡を巡るアフリカ探検時代の物語。
 ドイツ人探検家のマウフは、貧しさに苦しみながらアフリカの奥地に到達した立派な男だったが、専門教育を受けていなかったことが災いして間違った結論を出してしまう。
 そして、信じたいことしか信じない人々に彼の説は人気を博してしまうのだった。シェリーマンがイーリアスから遺跡を発見してしまったばかりに、シェリーマン症候群にかかった人間が暴走した印象を受ける。
 思いこみを廃して目の前のある物を冷静に観察することの難しさを感じた。

 それを成し遂げたのが女性の考古学者として先駆的な存在だったイギリス人女性のトンプソンだ。第一次世界大戦で恋人を失った彼女は、フランスで先史時代の発掘に関わったことを皮切りに考古学にのめり込み、エジプトで成果をあげる。
 ついに招かれたローデシアでジンバブエがアフリカ人の都市であったことを突き止めるのだが、抵抗はすさまじいものなのだった。自分の信じる結果を求めるなら、考古学者じゃなくて小説家を呼ばなきゃね……トンプソンの言うとおり愚かな人々だ。
 話の最後にグレートジンバブエが印刷されたジンバブエドルが出てきて、非常に複雑な気分になった。ムガベェ・・・。

 二人の考古学者に焦点が合っているので、グレートジンバブエそのものの紹介は意外と少なくて物足りなかった。12世紀で人口が1万〜1万5千の大都市と言われても、それもヨーロッパ基準なんだよなぁ。中国とまったく比較しないのは如何なものか。
 歩くシーンが何度も撮られていたが、壁と壁の間が一人が通れる程度の広さしかないことも気になった。防御を考えての構造で、周辺には城壁を崩せる武器をもった勢力はいなかった証拠なのだろうか。
 発見と研究の経緯は分かったが、遺跡そのものへの疑問が新しく湧いてきて解消できない。そんな映像資料だった。

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古代インド〜死者の丘とハラッパーから仏教とヒンドゥーの聖地へ アニタ・ダラル

 またもや幅広いトピックで古代のインドを扱っている。インダス文明のハラッパーから仏教、グプタ朝などまで射程に収めている。
 インダス文明の文字がいつかは解読できそうな言い方をされていたが、本当に可能なんだろうか……単語レベルの短いものしか遺されていないのに。共通する記号がある点は幸いかなぁ。
 遺跡が広大すぎて、まだまだ新発見が期待できる点にも希望がある。インドやパキスタンの人材が育っていて、安定して調査を続けていることも喜ばしい。

 ただし、歴史を政治利用したい人間は多いみたいで、いろいろ面倒な雰囲気はある。
 実際に考古学に関わっている人間はまじめで、アフガニスタンにおいても失われたと思われた財宝がちゃんと見つかった件などは感心した。いつか対立が風化して、現地の考古学者たちが政治や国境にとらわれず研究できる日がくることを願う。

 あと流石にイギリス人が話に出てくる割合が多い。アジャンター石窟発見のエピソードは案内人の考えが気になった。狩猟から探検に切り替えちゃうイギリス人も好奇心旺盛かつノリが良いことで。

関連書評
NHKスペシャル四大文明[インダス] 近藤英夫
古代インド文明の謎 堀晄

古代インド―死者の丘とハラッパーから仏教とヒンドゥーの聖地へ (ナショナルジオグラフィック考古学の探検)
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古代マヤ〜密林に開花した神秘の文明の軌跡をたどる ナサニエル・ハリス

 多くの写真で解説される古代マヤ文明だが、情報が断片的で全体像をこの本だけで掴むことは難しい。
 現地で活躍している研究者の一部や、現代まで続いているマヤ文明の末裔がいることを知るのには価値がある。

 考古学者の苦労話が印象的で、壁画沿いに横穴を掘ってスキャンで全体像をまとめたとか、2年間も埋もれた階段を掘り続けて270トンの土砂を取り除いた末に石室を見つけたとか、考古学に根気が必要なことを訴えていた。
 彼らは成功したから良いものの、掘りまくったあげくにボウズという可能性もあるのだから、考古学者は大変だ。通常の神経ではやっていられないかも。

 研究地となるグアテマラやメキシコの政情が曲がりなりにも安定しているおかげで、今でも研究が前進している点も記憶に残った。比較対照となる中東が酷すぎるだけか……。
 中国と比較した方がよさそう。同じ言葉を使っていた人々が連綿と残っている点でも――こっちの文字は読み方を忘れられてしまったけれど、今後復活する可能性は皆無なのかなぁ。末裔が700万人もいると聞くと夢を見たくなる。

古代マヤ―密林に開花した神秘の文明の軌跡をたどる (ナショナルジオグラフィック考古学の探検)
古代マヤ―密林に開花した神秘の文明の軌跡をたどる (ナショナルジオグラフィック考古学の探検)
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続関ヶ原1〜再挙兵 村田昌士

 関ヶ原で敗れ、伊吹山中に逃げ込んだ石田三成。彼の前に現れたのは上田をひそかに抜けてきた真田昌幸であった。
 彼のおかげで大阪城にもどった石田三成が徳川家康への抵抗続行を企図する。

 簡単には東軍を撃退できる流れにならず、大阪城を毛利勢におさえられて、瀬戸際においつめられる展開になるところが良かった。
 どんなに小さくても常に勝利の可能性をさぐっている石田三成の不屈っぷりが素敵だ。さすがは渋柿を断った男である。
 真田昌幸の「戦は勝つ気でするもの」という演説もよい。歴戦の人物でありながら、理想を失っていない人間としてのしたたかさが感じられた。増田長盛や小野木公郷など脇役も輝いていた。

 ただ家康は悪役として散々な言われようである。
 自分たちの過去をつくった人間をそこまで悪し様に言えるものなのかと呆れてしまった。豊臣秀吉の晩年が酷すぎたことは、あっさりスルーしているので不公平に感じる。
 哀れなほど憎しみを集めてしまった小早川秀秋だって秀吉に人生をめちゃくちゃにされていなければ……結局は武将ごとの立場があるわけで、相手の事情を気にしすぎる人間は生き残れないってことかな。最後に天下をとった家康は――情報を利用するためだとしても――例外として。

続 関ヶ原〈1〉再挙兵 (歴史群像新書)
続 関ヶ原〈1〉再挙兵 (歴史群像新書)
カテゴリ:時代・歴史小説 | 22:18 | comments(0) | trackbacks(0)

黒田官兵衛の逆襲〜我に秘策あり 十波新

 織田信長に嫡子の松寿丸と同僚の竹中半兵衛を殺された黒田官兵衛は復讐の鬼となる。
 明智光秀を利用して織田信長を倒すと、織田一族の抹殺を狙いながら、西国に覇を唱えるのであった。

 光秀が四国からの援軍をえて政権を史実よりは長生きさせていたが、援軍を得られたことに、黒田官兵衛の陰謀が関わっていたわけではないらしい。
 松寿丸が殺されなくても史実として本能寺の変は起きていたのだから、そこにひと味加えることにも関わっていてほしかった。いや、具体的に書かれていなかっただけで、関わっていたのかな?織田信孝を殺すのに利用しているわけで。

 話は一冊にまとまりながら、合戦シーンが多くて、楽しみやすかった。能登川の戦いは戦況図がほしいところだ。文章だけでも十分脳裏に描けるのも事実だが、地図がないとちょっと物足りない。
 地図があるのは戦略レベルの動きだけで、戦術レベルの方がコストが高いのかもしれないと思った。地形表現を切り捨てて配置だけを描くなら逆になるかな?
 四国の吉野川河口部の描写が新鮮だった。当時はさぞかし水害の恐ろしい川だっただろう。

黒田官兵衛の逆襲: 我に秘策あり (歴史群像新書)
黒田官兵衛の逆襲: 我に秘策あり (歴史群像新書)
カテゴリ:時代・歴史小説 | 14:03 | comments(0) | trackbacks(0)

図説アメリカ歴史地図〜目で見るアメリカの500年 ロバート・H・フェレル

 やっぱり歴史地図はおもしろい!
 特にこの本は戦争地図が充実していて、独立戦争から米西戦争あたりの近代戦の戦闘が楽しかった。第二次世界大戦以降もかなり詳しく描かれている。
 おかげで戦場が国内から国外に移動していることがはっきりと分かってしまう。まぁ、バルバリア海賊との戦争はけっこう初期にあったわけで、リビアのカダフィ大佐と激突したのは「伝統の一戦」だった気もする。
 ちなみにアメリカでの初版が1984年なので、湾岸戦争やソ連の崩壊は入っていない。できれば宇宙開発に絡めて月面の地図も使ってくれたら方向性が出てよかったかもしれない。

 でも、最終的にはアメリカ内の統計データに戻ってきた。大統領選挙での獲得州の塗り分けがとても興味深い。
 現在と違って共和党は南部を苦手としていて、民主党が南部を基盤としていたのだ。それが1964年のジョンソンのあたりから逆転している。1956年にアイゼンハワー(共和党)が取れなかった州ばかりを1964年にゴールドウォーター(共和党)が取っている。
 まぁ、1976年のカーターは南部で堅いし、一概には傾向を言えないのだが。

 アメリカ初期の河川が交通路として機能していた状態が地図でみて非常にわかりやすく印象に残った。フランスからルイジアナを買ったとき、アメリカが提案したのはニューオーリンズだけだったと書いてあるけど、フランスとしてはミシシッピ川の河口にあるニューオーリンズを売ったら広大なミシシッピ流域にあるルイジアナを維持できないだろう。すっとぼけ提案にしか思えなかった。
 まぁ、セントローレンス川から五大湖周辺までの領域がフランスの手にあれば別だけど……そこからオハイオ川からミシシッピ川を下って海にでるルートを確保しつづけていれば、相当強力だったはず。
 アメリカの地理について歴史を通じて多くを学ぶことができた。

関連書評
大陸別世界歴史地図3〜北アメリカ大陸歴史地図
南北戦争〜49の作戦図で読む詳細戦記 クレイグ・L・シモンズ/友清理士

図説 アメリカ歴史地図―目で見るアメリカの500年
図説 アメリカ歴史地図―目で見るアメリカの500年
まさかの12960円!
カテゴリ:歴史 | 22:23 | comments(0) | trackbacks(0)

太平洋決戦1942 2〜殲滅のミッドウェー 林譲治

 タイトルに数字を組み込まれると巻数表示が悲しいことになるな……せめて漢字の数字にできなかったのだろうか。

 内容はかなりスタンダードな方向性の歴史改変を行っており、成功裏に終わったポートモレスビー作戦につづいて、瑞鶴一隻になった五航戦を囮にする形でアメリカ機動部隊の撃破に成功する。
 サブタイトルほど殲滅になっていないのは日本軍の攻撃に関しては淡泊な性質によるところか。攻撃や戦果に燃える割に大物がなくなったら小物も全て仕留めてやろうとする意識には乏しいなぁ。
 それがあったらミッドウェー島への航空攻撃でさらなる弾薬不足に見舞われたことを考えるとまた複雑だ。

 けっきょく史実とは異なる勝利は、空母を失うに至ったのとは、別の問題が存在することを露呈させてくれていた。
 しかし、勝利の形であるかぎりは誰もそこには気付かない。否、目をそらし続けるのだった。こんな連中が勝つわけがないというか、勝ってはいけない気さえする。


 イタリア海軍などで良く言われているが、日本海軍と徴用船舶との間にもあった身分差別の問題も印象的だった。思えば江戸時代から連続している時代だからなぁ。人間の感覚がそう簡単に変わってくれるわけもないのか……せめて戦争を変えるチャンスにはしてほしいものだ。

 最後の章の輸送船の運命がじつに林譲治氏らしかった。そのまま全速で真っ直ぐ進んでいたほうが生き残れる確率が高かったとは皮肉な話だ。

林譲治作品感想記事一覧

殱滅のミッドウェー―太平洋決戦1942〈2〉 (RYU NOVELS)
殱滅のミッドウェー―太平洋決戦1942〈2〉 (RYU NOVELS)
カテゴリ:架空戦記小説 | 00:51 | comments(0) | trackbacks(0)

孫子 町田三郎・訳

 古今の様々な孫子解釈をふまえて編纂された孫子の訳本。2011年7月の発行である。新しければ正しいとは限らないが、最新の研究成果をふまえた一冊と言うことはできる。

 構成は書き下し文と訳文に、注を加えた形になっており、かなりさっぱりしている。応用例などの説明は章ごとの最後に少しあるくらいだ。
 その割に読むのに時間が掛かってしまった。これまでの研究が投影されている影響なのか、文章が慎重すぎて、あまりさっぱりしていない印象を受けた。
 日本語に訳すことで、どうしても落ちる意味は出るのだから、割り切って読みやすい文章を――という方向には良くも悪くも向かっていない。

 孫子本は無数にあるので、歴史などを説明する序文がある意味ではメインと言える。こちらは他の兵法書との関わりや孫子の位置づけ、方向性について解説していて、なかなか興味深かった。

関連書評
中国古典兵法書・孫子 中谷孝雄
孫ピン兵法〜もうひとつの「孫子」 金谷治 訳・注

孫子 (中央クラシックス)
孫子 (中央クラシックス)
カテゴリ:ハウツー | 13:26 | comments(0) | trackbacks(0)

日本南北戦争2棄国の章 潜水空母『轟天』の逆襲 井上淳

 南北に分裂した日本の戦いをかなり独特の姿勢をもって描く作品。氾濫する娯楽系架空戦記小説と一線を隔しているのは、そして正しく架空戦記小説の利点を活かしている点は、戦争を通じて人間と日本という国家の内実をおぞましいほど赤裸々に描いている点だろう。

 作者もかなり惚れこんでいると思われる江夏総統の人物描写にいたっては人間という芸術作品を創造しようとする作者の執念すら感じる。それなのに北日本に視点が傾いていないのは見事というほかない。南日本にもおもしろい人物をちゃんと準備していて、そのおかげで一層江夏の魅力が引き立っている。
 また現実の日本を強く反映する南日本に対する描写にもかなりのこだわりが見られて、さらにその先に作者が望んでいる姿が垣間見えるところが興味深い。南日本にとっての北日本とは実によく視覚化された「ダモクレスの剣」でもある。

 ただ戦争ものとしてみた場合、ハードウェアに関する表現や評価には首をかしげざるをえない部分も多い。たとえば重巡洋艦の戦闘力評価など、典型的かもしれない。
 とはいえ奇妙なバランスの中にも作者なりの論理は貫かれており、いっしゅの空想科学小説だと考えれば納得できる内容だった――北日本の極めて歪んだ軍備もその印象を強めている。軍艦のネーミングセンスからみても、まるで一時代の少年向け雑誌からそのまま飛び出して来たような軍だ。機動戦艦ナデシコの木星連合がつかう人型ロボットに似ていて、作者の諧謔を感じてしまう。
 まぁ、多少の違和感は圧倒的な文章力で包み隠してしまえることを教えられた。

潜水空母「轟天」の逆襲―日本南北戦争〈2〉棄国の章 (ケイブンシャノベルス)
カテゴリ:架空戦記小説 | 23:23 | comments(0) | trackbacks(0)
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