和食文化ブックレット5〜和食の歴史 原田信男

 日本の和食文化はいかにして生まれたのか。天武天皇による肉食の禁止令がはじまりとなって、穀物と魚の特異な食文化が育まれてきたことが分かるブックレット。影響力としては聖武天皇が大きいと思っていたが、歴代の天皇に繰り返し言われてきた結果なのだろう。

 表紙になっている絵が笑ってしまうくらい山盛りなのだが、これにも歴史的な意味があると本文を読めば分かる。山盛りぶりで関心を引いて理解した後に表紙をみればちょっとした感慨がわいてくる仕掛けなのかもしれない。
 各地の神社に伝わっていた神饌料理が、明治時代の神社の統一によって餅などを供える形式にされて、現代にそれぞれ独自の文化を残していないのは残念である(諏訪神社など例外はあるらしい)。

 著者によれば和食は本膳料理でほぼ成立し、江戸時代には庶民の口に入るにまでなった。八百善のものすごい価格設定には度肝を抜かれた。
 明治時代に入ってからは肉食が解禁されて、洋食というライバルも生まれるのであるが、戦中がいちばん苦しい時代だったようだ。
 朝食は1円、昼食は2円50銭、夕食は5円までと価格で統制されていたのには驚き呆れた。まさに食の暗黒時代だ。それでいて上流階級の抜け道はあったんだろうな。さらには人間の尿から塩を取る方法も研究されていたと言う……。
 いまこうして自由に食べ物を口にできることは本当にありがたい。

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和食の歴史 (和食文化ブックレット5)
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カテゴリ:日本史 | 21:13 | comments(0) | trackbacks(0)

100年後も見たい 動物園で会える絶滅危惧動物

 写真家ジョエル・サートレイ氏のフォト・アークプロジェクトに関連して、日本の動物園であえる絶滅危惧動物の写真を収録したナショナルジオグラフィックの本。
 それぞれの動物について見ることのできる日本国内の動物園が紹介されている。日本は世界でゆいいつ、ジュゴン・マナティー四種類のすべてを動物園・水族館で育てている国らしい。
 フォト・アークは絶滅が危惧される動物を写真の箱船に記録する試み。ある意味で必要なくなることがフォト・アークにとっては一番の結果である。

 各動物の説明を読んでいると、先進国では日本とオーストラリアが情けない。オーストラリアは国内の野生動物で保護しきれていないものがいるし、日本は密輸の温床になっている。違法にスローロリスを飼っている連中が全員スローロリスの毒でくたばればいいのに……密輸した業者も一緒だな。
 中国も先進国としてカウントするにはもっと保護を全体に広げる必要がありそうだ。パンダなどの花形動物だけを守るのでは不十分。絶滅だから載っていないけどヨウスコウカワイルカは容赦なく滅ぼしているし……。
 アフリカ諸国は全体的に厳しいが、見るべき活動もおこなわれている。水力発電ダムをあきらめてキハンシヒキガエルの保護に乗り出したタンザニア政府は立派だ。アフリカでも東側は比較的マシなイメージ。ヨーロッパに支配された期間が長いほど無茶苦茶にされてしまっていることの反映かもしれない。

 日本の一部市民の倫理は情けない限りだが、日本の動物園は気を吐いていて、いろいろと繁殖の試みがあることも分かった。せめてお金を払って見に行くことで少しでも協力できればいいと思う。
 よこはま動物園ズーラシアの名前が頻出していて、希少動物の飼育で重要な施設だと知ることができた。

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100年後も見たい  動物園で会える絶滅危惧動物 (ナショナル ジオグラフィック 別冊)
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カテゴリ:ナショナルジオグラフィックDVD | 14:57 | comments(0) | trackbacks(0)

近世商人と市場 原直史 日本史リブレット88

 近世の農業にとって重要な肥料であった干鰯。その取引を行っていた江戸と大坂の市場について江戸時代の変遷を追うリブレット。
 干鰯は換金作物に使われることが多い関係で、当初は江戸から大坂に出荷されて流通していたものが、やがては江戸周辺でも利用されるように変化してくる。
 あるいは藩が問屋を通さず直接領内に買い付けようと動き出す。そのことから生まれる綱引きが興味深い。権力相手には一丸となって行動した方が有利であるが、市場内部でもいろいろな対立があってまとめるのも簡単ではない。
 それでも利益という共通目標があるから、商人たちは何とか動きつづけるのであった。

 江戸の市場では同じ店が仕入れた干鰯を、同じ店が買う場合でも市場を通して買い付けの手続きが必要になっている事情がおもしろかった。
 現代では非効率と言われそうであるが、それが同時に中間を廃するために行われているのである。大坂と江戸、東浦賀、どの市場が生産者や消費者にとっては良い市場だったのかな?
 答えはどんな市場でも複数ある方が交渉余地が残って良い市場ということに落ち着きそうだ。

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近世商人と市場 (日本史リブレット)
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カテゴリ:日本史 | 21:55 | comments(0) | trackbacks(0)

蛍の本 田中達也 日本写真企画

 ゲンジボタルニヘイケボタル、そしてヒメホタル。主に三種類のホタルを中心に、ホタルの生態と写真の撮影方法をおさえた本。
 一般の大人向け書籍が空きニッチであったらしく、学習に苦労した著者の思いが込められている。ホタル観察ではポイントとなる乱舞の時間帯や回数について、自らの経験にあわせた定説とは違う情報を影響してくれている。
 風の強い日や雨の日でも、飛ばないと思いこまずに観察に行けば発見があるかもしれないとのこと。他の撮影者や観察者がいない点ではチャンスにもなるはず。
 AFの赤い光でトラブルになるとか、撮影者同士の怖い逸話がちらっとある。

 撮影方法のヒントはかなり詳しくて、説明は画像処理にも及んでいる。
 比較明合成の技術によって新しい可能性が開けている反面、実際に肉眼で見るのとは異なる写真も撮れてしまうので、観光案内用の写真で盛られないように注意が必要だ。
 ここまでやってしまうと天体写真に近いのだが、天体写真で慣れているので、自分にはそこまでの抵抗はないとも言えた。

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星降る絶景〜一度は見てみたい至極の星景色 沼澤茂美

蛍の本
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カテゴリ:写真・イラスト集 | 17:40 | comments(0) | trackbacks(0)

見て楽しい宝石の本 松本浩

 写真が綺麗でわかりやすい構成の宝石の本。宝石の手入れ方法なども軽く紹介されている。
 四大宝石に、誕生石、希少石ときて、最後はパワーストーンの章があったりするのは、おなぐさみ。数学やデータをあつかう人間に蛍石が人気と書いてあるけれど、パワーストーンを信じる人にデータを任せたくはないなぁ。

 原石とカットされた石の写真を並べてくれているのは良かった。産地も書いてある。
 熟練した宝石商なら石から産地まで見抜けるというのは凄い。それくらいの技能がなければやっていけない厳しい業界とも考えられる。

 結婚記念日ごとに細かく宝石名が書いてあるリストには笑った。笑った……そこまでして売りさばきたいか。
 新しいデザインを開発していくのは、リフォームをうながして宝石店の利益を確保する目的もあることが伺えた。

 あと、タンザナイトの多色性について、欧米人は少ない方を好み、日本人は強い方を好むらしい。日本人が多色性を好むのは「へうげもの」の精神が微妙に生きているんじゃないかと少し楽しい想像をした。

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美しすぎる世界の鉱物 松原聰

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美しさと価値がわかる 見て楽しい宝石の本
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カテゴリ:雑学 | 17:43 | comments(0) | trackbacks(0)

はしかの脅威と驚異 山内一也 岩波科学ライブラリー265

 江戸時代の鎖国が偶然プラスに働いたため、日本では甘くみられがちな風疹。だが、やはり恐ろしい病気であること――そして可能性をもった病気でもあることを描き出す本。

 フェロー諸島やグリーンランドの例が、病気の伝染にとって多くの情報を残してくれていることが興味深い。
 離島が社会全体に与えてくれる利益の一種といえるかもしれない。

 フィジーでは恐ろしい流行になってしまったが……日本の古代に布告された風疹対策の方が、近代のフィジーで行われた対応よりも有効で驚いた。
 昔であっても人間は病気に対して完全に無力ではないと思えた。少なくとも人間社会は無力ではない。

 風疹対策に大きな功績を残したアメリカの研究者エンダース氏が、細かいところまで配慮が行き届いていて立派だった。
 小船富美夫氏はノーベル賞も狙える発見をしていると思ったのだけど、残念ながら既に他界されていた。
 本書は風疹と戦った研究者たちの記録でもあった。

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[図説]アメリカ先住民 戦いの歴史 クリス・マクナブ/増井志津代/角敦子

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カテゴリ:科学全般 | 12:29 | comments(0) | trackbacks(0)

天気のしくみ〜雲のでき方からオーロラの正体まで 森さやか

 森田正光共著。川上智裕CG作成。
 トリビアたっぷりで読みやすい気象の本。気象庁が戦争を連想させる言葉を嫌っていて、爆弾低気圧の言葉も採用していないことを初めて知った。「前線」はあまりにも普及しすぎているのでしかたなく使っているらしい。いまや前線と聞いても戦争よりも天気を連想するような……。

 飛行機雲が気温に与える影響について、911から三日間のアメリカ上空の飛行停止により気温が1℃も上昇したとの話が興味深かった。
 地球温暖化に対して飛行機雲がブレーキになっている?――と言っても飛行機の飛ばない両極なんかはそのまま飛行機が排出する二酸化炭素の温暖化を食らうわけで……。

 最後には日本の四季に関連した特殊な気象条件の説明がなされている。日本は梅雨を一つの季節として、五季であるとの指摘にも考えさせられる。自分にとっては花粉が飛ぶ季節と飛ばない季節の二種類だけれど……日本ほどではないがヨーロッパやアフリカでも花粉症の人がいるらしい(白人には割合多いらしい)。世界的に予算がついて対策がなされてほしい。

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新版たのしいお天気学 秋のお天気 渡辺和夫
気象衛星画像の見方と使い方

天気のしくみ: 雲のでき方からオーロラの正体まで 【Web動画付き】
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カテゴリ:科学全般 | 17:31 | comments(0) | trackbacks(0)

星界の報告 ガリレオ・ガリレイ 伊藤和行・訳

 ガリレオ・ガリレイが望遠鏡を製作して天体観測をはじめ、3ヶ月で書き上げた小さな本。コジモ公につかえるための就職活動でもあった点で、マキャベリの君主論にも似ているが、こちらは就職に成功している。

 優れた柔軟な頭脳をもった人が、新しい観測結果を前にして、多くの情報を得られることを本書は教えてくれている。
 実は頭脳だけではなくて、望遠鏡製作能力も優れていて、高精度のレンズを製作して選ぶことが出来たために木星の衛星が観測可能な望遠鏡を誰よりも早く手に入れることができたらしい。

 木星観測に関する記述はスケッチに衛星の配置がつづくもので、読み応えはあまりないが、著者の根気が感じられた。
 四つの衛星周期は、まず一番外側のものを観測して、そこから動きを把握しておくことで二番目に外側のものと見分けて――とやっていたのかな。
 ケプラーが不可能としていたのは、ちょっと早計だなぁ。解説に出てくる同時代人の優れた天文学者として、非常に興味深い存在ではあった。

関連書評
天体観測の教科書 惑星観測[編] 安達誠・編

星界の報告 (講談社学術文庫)
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カテゴリ:天文 | 19:58 | comments(0) | trackbacks(0)

インカ帝国史 シエサ・デ・レオン著 増田義郎 訳

「しかし、彼(アタワルパ)にとっての法とは、武力のうちにあった。彼にとって、武力こそは良き法であった」
 それで武力によってレコンキスタの虜囚になってしまったのだから、アタワルパにとっては因果応報。素直にワスカルの王位を認めておけばインカ帝国の歴史は違ったものになっていたはず。
 基本的にスペイン人に批判的でインカ人には同情的な著者が、アタワルパに関しては因果応報に受け取れる一文を組み込んだ意図が気になった。まぁ、先代のワイナ・カパックがアタワルパに将軍と親しむ機会を提供しすぎたのも悪い。
 パチャクティから代を追うごとにインカの性格に問題が出てきている感じだったので、ワスカルとアタワルパの衝突は当然の帰結だった風にも受け取れた。支配領域が広がったことで利害調整が難しくなり、どうしても誰かにとっては悪い支配者になってしまう可能性が増えたとも考えられる。
 ピサロたちとほぼ同時代人の著者が得られた資料は口述だったことは意識しなければなるまい。

 インカ帝国の優れたシステムについては持ち上げすぎにも思われたが、周囲の食人部族との明確なコントラストが著者に強烈な印象を与えたものと想像した。
 謀反人の牢屋にいつも人がいると書いているあたりに、政治的な不安定さが暗示されている。
 それでも文字がないからこそ虚偽の少ない社会だったことなどは想像できて、非常に興味深い説明だった。民衆の負担を軽くする工夫には感心させられる。
 ただ、支配領域を外れて遠く大軍で遠征している場合があるので、補給の問題を説明し切れていない気はした。チーニョがあるから、それでかなり助かっていたのかな。

 インカ帝国に特徴的な兄妹結婚の制度については、妻が浮気をしても王家の血を確実につなげるためのものだと説明されている。むしろロシアの王家に必要な制度だな。
 著者が一部地域にみられた同性愛は糾弾しながら、インカの近親相姦には何も言っていない点が気になった。スペイン人やキリスト教徒の一般的な倫理に反していなかったとは思えないのだが。

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大陸別世界歴史地図4〜南アメリカ大陸歴史地図
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インカ帝国史 (岩波文庫)
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カテゴリ:歴史 | 23:23 | comments(0) | trackbacks(0)

洛中洛外図屏風〜つくられた<京都>を読み解く 小島道裕

 京都の姿を二双の屏風で描き出した洛中洛外図屏風。上杉本が有名なこの作品は戦国時代から江戸時代まで連綿とつくられ、たくさんの作品が存在して、制作者と時代にあわせた変化を遂げてきた。
 そこに込められた非常に豊富な情報を読み解いた一冊。

 洛中洛外図屏風は福井の賜物なのかもしれない。最初にあったと考えられる「朝倉本」だけではなく、徳川忠直が岩佐又兵衛に発注したと著者が推定する舟木本まで、重要なところで福井が出てきた。
 琵琶湖を通じて京都と程々の距離にあった位置関係が影響しているのかもしれない。簡単には行けないが本来の姿を無視できるほど遠くもない。

 著者の推定によって歴博甲本などに描かれた人物が、実在の人物に比定されることには知的な興奮を覚えた。簡略化された絵であっても、こんな顔だったのかと感心する。
 特に上杉本に足利義輝が描かれているらしいことは忘れられない。
 屏風を描いた作者も載っている可能性があることは、古今東西を問わない茶目っ気であるかもしれない。

 写真もなかった時代に、洛中洛外図屏風がメディアとして果たしてきた役割の大きさが良く分かる本であった。歴史の本を読むときに洛中洛外図屏風の名前は良く出てくるので本書で覚えたことを念頭に読みたい。

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一乗谷 戦国城下町の栄華 朝倉氏がえがいた夢:上杉本を参考に一乗谷の城下町を復元している

洛中洛外図屏風: つくられた〈京都〉を読み解く (歴史文化ライブラリー)
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カテゴリ:日本史 | 19:47 | comments(0) | trackbacks(0)
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