東アジアの中世城郭〜女真の山城と平城 臼杵勲

 女真族がモンゴルとの戦いのため、整備した中世城郭の数々。日本ではほとんど知られていない環日本海地域の城が縄張り図付きで紹介されている。
 中国からの影響を受けつつも地形利用については独自のセンスをもっていて、かなり興味深い存在である。日本や朝鮮との比較も行われているが、同時代で考えれば日本の山城よりも進んでいたのではないか。女真から日本への影響というのは考えにくいかな。

 山城であっても内部に多くの住居を取り込んでいること、住居からは社会の階層化があまり進んでいなかったと考えられることなど、日本との違いが興味深かった。
 投石機を使った防御が行われていた点も印象に残る。あの様子だと日本でも運用できそうなんだけどなぁ。

 著者は元々渤海に興味をもっていて、そちらについても言及がある。現在は複数の国にわかれている地域で、人口密度もあまり高くないから研究が進まない(ロシア沿海州を除いて)のかもしれないがもったいないと感じた。それでいて開発の脅威は迫っている。
 北朝鮮については情報がほとんど出てきていないので、情報の空白地帯になってしまっている。せめてロシアや中国とは協力して遺跡調査をおこない、その情報を間接的に公開してほしいものだ。

関連書評
東アジア世界と古代の日本 石井正敏

東アジアの中世城郭: 女真の山城と平城 (城を極める)
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カテゴリ:歴史 | 22:20 | comments(0) | trackbacks(0)

信長軍の合戦史1560-1582 日本史史料研究会・監修 渡邊大門・編

 信長軍の合戦について11人の著者がそれぞれのテーマで解説する。長篠の合戦みたいに諸説入り乱れていることの紹介に終始している話もあれば、姉川の合戦みたいに織田軍が奇襲を受けたのだと自分の説を言い切っている話もある。
 著者によって歴史の語り方は様々であった。

 この分野の研究進展は著しいらしく、いつの間にか「常識」が古い説になってしまっている。岩村城に武田氏が配置した人物が秋山ではなかったらしいと書かれていて驚いた。
 信長公記に対しても信長を顕彰するための作為があると、批判的な読み解き方をする人がいて、前述の姉川の合戦は奇襲を受けているし、荒木村重は臆病ではなかったと再評価されている。
 興味深いがまた別の説が出てきて、その繰り返しになるかもしれない。

 中国戦線は織田軍の「ボロ」が結構でている印象で、やはり急速な戦線拡大が背景にあるんじゃないかと思った。あと、鳥取城の戦いで、羽衣石城を孤塁となりつつも守り続け、毛利軍の補給を遮断した南條元続の功績はもっと評価されるべき。

関連書評
信長軍の司令官 谷口克広

信長軍の合戦史
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カテゴリ:架空戦記小説 | 00:19 | comments(0) | trackbacks(0)

東アジアに翔る上毛野の首長〜綿貫観音山古墳 大塚初重・梅澤重昭

 シリーズ「遺跡を学ぶ」119
 古墳が異常に多い群馬県の中でも、未盗掘で特殊な副葬品がみられる綿貫観音山古墳が紹介されている。

 副葬品にふくまれる銅鏡と銅製水瓶、鎧などが朝鮮半島との強い関係を物語っている。他の副葬品についても国産品と決めつけられないものがあるらしく、元素比率などを使った産地の検討が今後おこなわれてほしいものだ。
 副葬品は伝来してきたのではなくて、埋葬者自身が朝鮮半島まで行って入手したものと推定されている。東奔西走当時にしては非常に広い範囲を駆けめぐった人物が、最後は群馬県で亡くなったのかもしれない。

 埴輪も興味深い。祭礼の様子や馬型埴輪が古墳上を巡っている様子が冠の装飾に似ていることなど、当時の死生観が感じられた。
 あと、群馬県の古墳の復元整備状況が見事なことにも感心させられた。これが古墳本来の姿だ!と木に囲まれた陵墓に対して訴えている気がする。

関連書評
東国から読み解く古墳時代 若狭徹
遺跡を学ぶ109 最後の前方後円墳〜龍角寺浅間山古墳 白井久美子

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東アジアに翔る上毛野の首長 綿貫観音山古墳 (シリーズ「遺跡を学ぶ」119)
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カテゴリ:歴史 | 22:42 | comments(0) | trackbacks(0)

文庫版ローマ人の物語28〜すべての道はローマに通ず下 塩野七生

 街道を橋を扱った上巻につづいて、上水道と医療・教育制度を扱った下巻。
 軍団によって工事や保守がおこなわれていた街道とは異なる様子が分かってくる。特にソフトなインフラである医療・教育制度に関しては民間に任せられる部分が大きい。
 キリスト教の時代に入ってからは国家の役目になってくるのだが、否定的な見方をしてしまう書かれ方であった。

 水道はやっぱり遠くからわずかな角度をつけて引っ張ってくる技術に感心する。定期的な工事がないと技術も衰退してしまうと思うのだけど、保守作業だけでも何とかなっていたのかな。
 ポエニ戦争による谷間の時期が終わった後に、新しく水道工事をするときは大変だったかもしれない。

 教師の授業料について具体的な数字があげられていた。子供の授業料が月8アッシスで、生徒が20〜30とすれば160〜240アッシス。非熟練労働者の給料が10アッシス/日らしいので、教師の給料は労働者とあまり変わらない結果になってしまう?
 受け持っていたクラスが一つとは限らないにしても、普通の教師は現代と変わらないくらいの薄給だったようだ。

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ローマ人の物語〈28〉すべての道はローマに通ず〈下〉 (新潮文庫)
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文庫版ローマ人の物語27すべての道はローマに通ず上

 ローマ人のインフラストラクチャーについて語った巻の前半部分。道と橋について語られている。
 ローマ街道のすごさをこれでもかと訴え、19世紀になるまで移動速度でローマ街道を超えるものはなかったと説明している。イタリアの地方勢力であった時代からローマ街道の基本が完成していたことが凄い。話は逆で、ローマ街道があったからこそイタリアの地方勢力にとどまらない地中海帝国を築けたのかもしれない。
 仮にイタリアだけの存在に終わったとしても、見事な街道をつくった古代の国家があったと、後世の歴史家の話題になっていただろうなぁ。今の道路に埋め込まれて調査できていない可能性も?

 ローマ街道は軍隊の移動に便利だが、敵味方を区別しないわけで、ハンニバル戦争でハンニバルが利用したことについて、もうちょっと説明してほしかった。蛮族がドナウ戦線からローマまでローマ街道で一気に来てしまうという話はあったが。

 中国(著者はシナと書く)では同じ労力で万里の長城を造っていると説明していたが、甬道のことも説明しないとアンフェアだと思った。
 皇帝専用だから行幸の前に通れることを確認すれば、ローマ街道得意の複線化は必要ない点でやっぱり違ってはいるのだが。
 あと、中国は運河の開発も活発だった。

 ローマと中国、どちらが長続きしたと考えるべきなのか、視点によって変わってくる。万里の長城のおかげで漢民族のアイデンティティが現在まで続いているとは言えるかもしれない。

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ローマ人の物語〈27〉すべての道はローマに通ず〈上〉 (新潮文庫)
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知ってる?正倉院―今なおかがやく宝物たち― 奈良国立博物館

 聖武天皇の死を契機に、光明皇后が造った正倉院。時代を超えて宝物を現代に受け継いできた正倉院の宝物と歴史が分かる一冊。
 いちおうふりがなの多い子供向け本だが内容は非常に充実していて大人も楽しめる。聖武天皇が善意で行動していたとしても、たびかさなる遷都や大仏建立が民衆を苦しめたに違いないことにまったく触れないのはアンフェアじゃないかと思った。光明皇后はえらい。
 まぁ、大仏といい正倉院といい、現代に遺してくれている遺産も莫大なので、そっちもしっかり評価したい。正倉院から「借りパク」するだけだった後世の権力者たちはマイナスしかつかないが……たまには自分の宝を入れる奴はいなかったのか?持って行った物の代わりの物をいれた人はいたらしいが、それも微妙。
 光明皇后が使うように言った薬はいいけどねぇ。

 書家による聖武天皇と光明皇后の書からみた人物鑑定で、聖武天皇のイメージが自分が持っていたものとまったく違っていて面白かった。芯は強かったのか?

 宮内庁に協力して宝物の復元をした人たちのコメントや制作方法の紹介も載っている。陶芸家加藤卓男も協力していた。釉薬の模様を完全に真似するのは人間国宝でも流石に不可能だったらしい。熱で溶けて流れる様子だからな……。

 今後も正倉院の宝が人類の宝でありつづけるように、心の底から願っている。

関連書評
NHKさかのぼり日本史10奈良・飛鳥〜“都”がつくる古代国家 仁藤敦史
大仏造立の都〜紫香楽宮 小笠原好彦

カラーでわかるガイドブック 知ってる? 正倉院: 今なおかがやく宝物たち
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カテゴリ:歴史 | 18:09 | comments(0) | trackbacks(0)

NHKスペシャルDEEP OCEAN 深海生物の世界

 深海にもぐって撮影された四本の番組を元にした本。NHK出版じゃなくて宝島社から出ている。
 第一線の科学者の協力をえており、目標も高かった。そのためニューギニアでのシーラカンス発見など「失敗」した例も(もっと珍しい魚は発見しているが意識がシーラカンスに集中していたので残念に感じてしまった)。カリフォルニアみたいに個体じゃなくて現象を追いかけた方が無難だ。発光生物を観測する機材の力も優れていた。

 デメニギスは本当に奇妙な魚で、あの上を向いたゼリー状の眼が目の前の獲物を襲撃する際は90度回転して前方に向くことを知って更に驚かされた。カウンターイルミネーションはフィルターで見抜くし、最新鋭のマシーンみたいな魚である。

 マリアナスネイルフィッシュのような「TMAO」を持つことで超深海で生存する能力も興味深い。栄養の少ない深海では世代交代もゆっくりしたペースで進んだと思われるのだけど、よくここまで進化してきたものだ。
 さらに限界を超えて深い場所で生存するための「シロイノシトール」まで開発されているようで、生物のチャレンジャーぶりには驚かされる。宇宙に出て行っていないのが不思議なくらいだった。いや実は……ということまで期待してしまう。

関連書評
深海生物ファイル 北村雄一
深海のフシギな生きもの 藤倉克則/ドゥーグル・リンズィー

NHKスペシャル ディープ オーシャン 深海生物の世界
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カテゴリ:科学全般 | 00:14 | comments(0) | trackbacks(0)

縄文のタイムカプセル〜鳥浜遺跡 田中祐二

 シリーズ「遺跡を学ぶ」113
 ここが元祖「縄文のタイムカプセル」鳥浜遺跡。三方五湖の埋め立てられた六番目の湖「鳥浜湖」と三方湖の接点に位置していた縄文時代早期から前期の貝塚発掘調査結果が物語られる。
 低湿地の貝塚という二重によい条件に恵まれたため、非常に多くの出土品が得られている。その結果、縄文時代がいろいろな物にあふれた「思っていたよりも」豊かな時代であったことが分かったそうだ。
 漆器製品がもたらした色彩的なイメージ転換は大きかったと思われる。

 個人的には道具を作る方の視点で考えてしまい、少数の人でいったい何種類の道具を作っていたのかと気が遠くなってきた。
 それぞれに生活が掛かっているし、石斧の柄にみられたように高い計画性が必要なのだから、本当に大変である。
 そんな中でも櫛やペンダントみたいな装飾品を作ることも忘れなかった縄文人の気持ちを想像してみたい。

 水月湖の年縞についても最後に触れられていて、鳥浜貝塚の研究に欠かせない情報源になると説明があった。出土していた流木の年輪から年代は得られていないのだろうか。

関連書評
時を刻む湖〜7万枚の地層に挑んだ科学者たち 中川毅

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縄文のタイムカプセル 鳥浜貝塚 (シリーズ「遺跡を学ぶ」113)
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カテゴリ:歴史 | 19:53 | comments(0) | trackbacks(0)

世界のかわいいけもの! 大渕希郷

 かわいい動物の写真集。
 最初にサーバルが出てきてマニアックだなと思ったら、次はアライグマ、お次はフェネック。カバが出てきた時点で「これ、けものフレンズだ!!」となった(途中の説明文でも暗示している)。
 トキは順番通りに出てこなかったが、ほ乳類の後に鳥類、は虫類の順番で並べられているせいだった。そこは譲れなかったらしい。

 ヨタカとニシアオジタトカゲは何事かと思いきや、ツチノコに誤認されているかもしれない生物とのことで、けものフレンズに染め尽くされていた。
 豆知識もおもしろいので、ファンにはオススメである。コツメカワウソがマレーシアでは漁業に利用されていたとは!

 スナネコがやっぱりカワイイ。フェネックはネコ科に負けないかわいさながら、イヌ科だったんだな。よく体つきを見れば納得である。
 あまりかわいいイメージのない動物にもかわいさを見つける写真集だけど、基本はかわいいオオアルマジロの爪が凶悪で怖かった。
 そして、かわいくても害獣だとハッキリ書かれるアライグマ。

関連書評
あさひやま動物園写真集 今津秀邦・多田ヒロミ

世界のかわいい け も の!
世界のかわいい け も の!
カテゴリ:写真・イラスト集 | 00:13 | comments(0) | trackbacks(0)

九州の銅鐸工房〜安永田遺跡 藤瀬禎博 遺跡を学ぶ114

 かつて学会を支配していた銅鐸文化圏の近畿と銅剣・銅矛文化圏の九州という考えに一石を投じることになった安永田遺跡。北九州で銅鐸が製造されたことを示す石製の鋳型が発見されたことから、弥生時代における北九州の文化圏を見直す。

 近畿の鋳型が石製から土製に変遷していくのに対して、北九州では弥生時代の終わりまで石製の鋳型がかたくなに用いられていた。そういう独自性の現れている点が興味深かった。
 統一された仕様の銅鐸をばらまくためには耐久性のある石製の鋳型の方が都合がいいとのこと。それなら、土製の鋳型の型があればいい気もしたが、近畿における銅鐸の生産事情が分からない。
 季節風をうまく利用すればフイゴなしでも銅を溶かす高温の火が起こせる構造に遺跡がなっているなど、実験によって得られた情報も興味深かった。

 男性の方がはっきりと渡来人の形質に現れているとの遺骨の研究結果は、渡ってくるのは男性が多くて、現地の女性と結婚するパターンを想像させた。女性の情報がしっかり得られていない影響もありそうなので思いこむのは危険かな。
 文明の入り口となるだけに弥生時代の北九州で起きていたことは面白い。綾杉状研ぎ分け文様の銅矛が北九州以外では島根で発見されていることも想像を膨らませてくれた。

関連書評
古代出雲の原像をさぐる〜加茂岩倉遺跡 田中義昭

新泉社 遺跡を学ぶシリーズ感想記事一覧

九州の銅鐸工房 安永田遺跡 (シリーズ「遺跡を学ぶ」114)
九州の銅鐸工房 安永田遺跡 (シリーズ「遺跡を学ぶ」114)
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