シリア情勢――終わらない人道危機 青山弘之

 西側に偏っていたシリア情勢の認識を中立に引き戻すていに見える文庫。いままでの報道で植え付けられた印象をひっくり返す情報に、強い抵抗を覚えるのだが、アメリカがどの程度の情報操作をおこなってきたのかは注意する必要がありそうだ。
 民主主義で内部からの様々な意見に対応せざるを得ない欧米諸国よりも、強権的なロシアの方が筋の通った力強い介入を行えていることは皮肉だ。シリアがイラクのように利権の大きい国ではないとはいえ短期間に大規模な支援をしたほうが、長期間に小規模な支援をするよりも効果的で、けっきょくはコストも少なくて済む。しかも、方針が一定しないのだからシリアを混乱させる結果になっている。
  どうにも頼りにならない。
 サウジアラビアやカタール、トルコの干渉についてはお話にならない。

 著者がカッコつきで話す「反体制派」の内実も衝撃的で、イスラム過激派といわいる穏健な反体制派は切り離しが不可能なものだという。それどころかISとイスラム過激派の間も行き来が可能な状態だったらしい。本当に場当たり的な離合集散を繰り返していて、アサド政権は安定しているだけで魅力的になってしまっている。

 まぁ、著者が批判する実務能力のない「ホテル革命家」ばかりになってしまったのはアサド政権が野党の成長を許さなかったせいでもあるはず。自分お権力じゃなくてシリアのためを思うならば、自分たちの代替となる存在を許容するべき だった。シリアがそういう土壌になる日が来るのだろうか。

 最後のまとめでロシアがクルド人を切って、トルコとの結びつきを強めている流れが説明されている。アメリカはまったく頼りにならないからクルド人が生き残るためにはアサド政権に対して自分たちの存在価値をアピールするしかなさそうだ。そのアサド政権もロシアの圧力を前には、クルド人を切り捨てるだろうけど。

著者サイト
シリア・アラブの春 顛末記:最新シリア情勢 | アラビア語の新聞、通信社、ウェブサイトなどを通じて収集した情報をもとに、シリア情勢をより網羅的に把握・紹介することをめざします。

シリア情勢――終わらない人道危機 (岩波新書)
シリア情勢――終わらない人道危機 (岩波新書)
カテゴリ:雑学 | 00:18 | comments(0) | trackbacks(0)

ドキュメント幕末維新戦争 藤井尚夫

 魅力的な鳥瞰図で戦国時代の風景を描いてきた著者による本の幕末版。
 幕末に建設された砲台から、西南戦争までを大量の図や写真込みで描いている。
 日本の北から南までを踏査している行動力に感心してしまう。同時に維新志士たちが日本中を駆けめぐったことを示しているとも言えそう。薩摩藩出身で、蝦夷共和国までつぶしにいった連中はどれだけ多くの物をみたことか。
 気候の違いには苦労しなかったのかなぁ。

 奥羽越列藩同盟の部分では、戦いを冬まで持ち込めば自然休戦状態になって、奥羽越列藩同盟の足場が補強された可能性に言及している。四季のある日本が戦場だったから、新政府にとっては余計に時間との戦いになった面もあった様子。
 そんな彼らにとって事態打開の切り札が敵後方への上陸作戦にあったことが幾つもの例をあげて説明されている。

 西南戦争の薩軍は先例から海軍力の必要性を理解しなかったのだろうか……政府はさらに優位になるから陸軍力だけで立ち上がって僅かでも可能性があるのは今だと考えたパターン?
 江戸時代に流通していた金銀のおかげで内戦の武器を購入できたが、それを放出しきってしまい生糸などの輸出で外貨を稼ぐ羽目になったという説明も興味深かった。
 幕末の戦争さえなければ、民衆はもっと余裕をもてた可能性もありそうだ。

関連書評
ドキュメント信長の合戦 藤井尚夫
フィールドワーク関ヶ原合戦 藤井尚夫
復元イラスト 中世の城と合戦 藤井尚夫

ドキュメント幕末維新戦争
ドキュメント幕末維新戦争
カテゴリ:歴史 | 00:42 | comments(0) | trackbacks(0)

世界の美しいウミウシ〜Sea slugs〜 パイ インターナショナル

 画面いっぱいのウミウシ写真に、種名のみのページが大半を占めるウミウシの写真図鑑。
 多様な造形に、多彩な配色をもつ海の美しい生物の姿を純粋に楽しめる。文字情報としては数回のコラムが挟まれていて、ウミウシに関するちょっとしたトリビアを知ることもできる。
 アオミノウミウシのカツオノエボシから刺胞を盗んで、触ってくる相手に発射する盗刺胞の性質は、自分の身を守るためにも知っておきたい。割と恐ろしい。

 他にはシンプルな名前のサフランイロウミウシなど色彩で目を楽しませてくれるウミウシがいれば、ピカチュウを連想させる配色とツノをもったカンナヅノウミウスもいる。緑色の穂が多数ついたオオアリモウミウシには迫力がある。
 濃い緑色でしわのあるミラーリュウグウウミウシは、ファミコンゲームFE外伝に出てくるラスボスのドーマ連想させた。風の谷のナウシカにでてくるオームに近いウミウシもいそうなものだけど、残念ながらピッタリのウミウシは見つからなかった。
 5000種もいればいつかは図鑑で遭遇できるかも?
 ウミウシは漫画家やゲームデザイナーにはモンスターの造形を考える上での参考になりそうだ。

関連書評
うれし、たのし、ウミウシ。 中嶋康裕

世界の美しいウミウシ
世界の美しいウミウシ
カテゴリ:写真・イラスト集 | 12:34 | comments(0) | trackbacks(0)

赤道 生命の環 アマゾン黄金の大河 NHKエンタープライズ

 アマゾン川の内部で独自の生態を進化させた動物たちが紹介される。DVDになっているのはピラルクであるが、乾きに苦しんでいる様子がほかの魚にくらべてぬるい感じが印象に残った。
 さらに直接の空気呼吸が可能なのだから悠々としたものだ。

 コペラ・アーノルディの水面近くに垂れた葉っぱに夫婦でジャンプして卵を産みつける生態は本当に奇妙なものだ。敵に卵が襲われにくいメリットは良くわかるのだが、どうやってあんな生態を進化させたのだろう。
 最初はもっと水面に近い葉っぱを利用していたのだろうなぁ。
 雄が卵に水をかけて乾燥から守ってやるのも凄かった。
 体表から粘液「ディスカスミルク」を出して子供に与えるディスカスも子育てへの情熱では負けていない。

 あと、水中メインの動物ではないが、ナマケモノがおもしろい。アマゾン川を泳いだ直後の濡れた姿がおもしろい。
 本体はあんなに細いんだ……毎日の食事も少ないはずだから、太っていた方が怖いかな。

赤道 生命の環 BOX II [DVD]
赤道 生命の環 BOX II [DVD]
カテゴリ:映像資料 | 10:04 | comments(0) | trackbacks(0)

赤道 生命の環 東南アジア〜巨木の帝国 NHKエンタープライズ

 東南アジアの熱帯雨林に生きる生命の興味深い戦略の数々が紹介される。
「フタバガキ」はまるで熱帯雨林の動かない王者である。その割に熱帯雨林の生物として知名度が低いことを惜しく思った。ここで覚えてやりたい。

 スリランカの種ではあるが、動きはのろいが獲物に気づかれないホソロリスの狩りが職人みたいで印象的だった。
 虫をバリバリ食っている様子はけっこうグロテスク……タンパク質はたくさん取れていそうだ。

 ホソロリスに比べて謎多き種であるヒヨケザルは愛しやすい。昼はひたすら気配を消して待機。夜になったら木から木へと飛び移って木の葉を食べる。フタバガキの樹液も舐める。
 子連れで空まで飛んでしまうところに感心した。

 あと、わき役状態のスマトラトラに狩りの成功シーンがあってホッとした。狩られる動物は可哀想だけど、狩りが失敗だけなのも不憫である。

赤道 生命の環 BOX II [DVD]
赤道 生命の環 BOX II [DVD]
カテゴリ:映像資料 | 23:56 | comments(0) | trackbacks(0)

漢詩の風景3〜白楽天と中・晩唐の詩人たち 監修・石川忠久

 中・晩唐の詩人たちでまとめられてしまった人々に同情する。それでも現代まで名前が残って、他国で詩が歌われるのだからとんでもなく素晴らしいことだ。
 ただ白楽天たちタイトルに名前がでる詩人が偉大すぎるだけで。

 西湖には蘇東坡が築いた(築かせた)蘇堤以外にも、白楽天が築いた白堤があるそうだ。どんだけ詩人に愛された湖なのであろうか。最初に歌った詩人がいれば、次の詩人にも歌われ、改修されてどんどん名声が高まっていく効果があるのかな。
 白楽天は目をつけられるほど社会派でありながら、なんだかんだで悠々自適の生活に落ち着いているところがズルい。口は災いの元ながら芸は身を助けるという状態である。

 映像には水路の多い中国南部の都市を移したものが多かった。南北朝時代を乗り越えたから後だからこそ当時の詩人に歌われるようになってきた風景と言えよう。

関連書評
新漢詩紀行 第1巻 送別・春爛漫・楼上の眺め 石川忠久・監修
カテゴリ:映像資料 | 21:42 | comments(0) | trackbacks(0)

漢詩の風景2〜李白・杜甫 監修・石川忠久

 二大詩人李白と杜甫の作品を収録。女声、男声、中国語(男声)などで読まれている。どこかで聞いた覚えのある漢詩が多いところは流石に李白・杜甫であった。
 高校生相手に酒を読んだ詩を教えていたのも、なかなか……文化と切っても切り離せなくなっていることを如実に示しているなぁ。タバコを歌った詩が定着していなくてよかったと言わざるをえない。

 長江の風景を写した動画にはもはや水没して観れないのだろうと寂しい気持ちになった。大量の電力の代わりに失われたものも大きい。
 ただ、失われた風景を元にした詩は残っている。

 杜甫の役人が来た時に、おじいさんが猛ダッシュで逃げて、おばあさんが飯炊きに従軍する詩は何度聞いても悲しいものだ。戦争は弱い民から全てを奪っていく。

関連書評
新漢詩紀行 第1巻 送別・春爛漫・楼上の眺め 石川忠久・監修
カテゴリ:映像資料 | 00:09 | comments(0) | trackbacks(0)

漢詩の風景1陶淵明・孟浩然・王維 監修・石川忠久

 タイトルになっている詩人の作品が現代中国の風景動画と共に音読される。NHKの類似の作品にくらべると詩の解説が少なくて淡白なところがある。すでに内容を熟知している場合には、こっちのほうが良いかもしれない。読み手は女性であった。

 王維の別れに杯をかわす詩の解説で、長安の対岸にある双子都市、渭水が秦の咸陽であったことを知る。つまり長安はキングダムに出てきた咸陽の最終防衛ラインになった都市サイなのか。目からウロコが落ちる。

 東晋の陶淵明は先駆者としての存在感が結構ある。屈原が最初の詩人と言っても、質量と後世への影響を考えると実質的な最初は?三国時代の詩人などに触れられていないだけかな。

関連書評
新漢詩紀行 第1巻 送別・春爛漫・楼上の眺め 石川忠久・監修
カテゴリ:映像資料 | 22:12 | comments(0) | trackbacks(0)

ブラジル〜ナショナルジオグラフィック世界の国

 ザイラ・デッカー著、デイビッド・ロビンソン/ジョアン・セザール・で・カストロ・ロチャ監修。
 可能性に満ちた「未来の国」ブラジル。永遠に未来であることを返上するため邁進する人々の姿をえがいた本。カーニバルの写真と思われる表紙が、とても現実の立体物とは思えず、ブラジル人の創造力に舌を巻いてしまう。
 いちおう女性が上に立っているけれど、どう考えても御輿の方が本体だな。

 ブラジルはとても大きく、アマゾン川流域の熱帯雨林のイメージがあるものの、北東部には乾燥地帯も存在していた。大気の循環を考えれば下降流が強いところでは乾燥しがちになってしまう。
 さらに南の方にあった熱帯雨林が8%しか残っていないのは人類のせいだが……国名にもなったブラジルの木が赤い染料をとるために乱獲されて絶滅の危機にあるそうだ。
 ブラジル第二の川の名前がサン・フランシスコ川だったり、いろいろと思わぬ名前が出てきておもしろかった。

 アメリカの政治介入が生んだ軍事政権時代の負の遺産はあるものの、各民族が渾然一体となったブラジル人の姿に大きな可能性を感じる。21世紀は難しくても22世紀はブラジル人の世紀になるかもしれないなぁ。
 南米の他国に対して自動車を輸出していることが新鮮だった。

ナショナルジオグラフィック世界の国シリーズ感想記事一覧

ブラジル (ナショナルジオグラフィック世界の国)
ブラジル (ナショナルジオグラフィック世界の国)
ここはあえて大きい表紙画像で
カテゴリ:ナショナルジオグラフィックDVD | 22:13 | comments(0) | trackbacks(0)

エジプト〜ナショナルジオグラフィック世界の国 セリーナ・ウッド

 ジュレ・L・バカラク/ウサマ・ソルタン監修。
 エジプトはナイルのたまもの、人口密度の地図をみれば人目でわかる。西部砂漠地帯でも真っ白ではなく、1ー4人/平方キロメートルは人が住んでいることに驚いた。おそらくデータのマジックがあって、ダクラ・オアシスに住んでいる人々が、薄く引き延ばされて計算されている。ハールジャ周辺も薄い黄色で表示されていることに激しい違和感を覚えた。
 山岳地帯でもある東部砂漠は本当に人がいないみたいで、シナイ半島南部と並ぶ人の少なさである。
 地中海沿岸と紅海沿岸を開発して人口のバランスを取っていった方がいいのではないか――ただし、環境汚染の問題もでているようだ。

 農村人口が1%だけだが近年になって増えている点も興味深かった。都市部には少子化政策が広がってきているが、農村部では5人は産む傾向が変わっていないと本文にあったことが、この動きを説明している。

 本書が発行されたときにはアラブの春がエジプトに訪れてはおらず、ムバラク政権が続いていた。
 いろいろな問題は孕みながらも安定のメリットを得ていたエジプトの姿を見ることができた。女性のファッションも割と自由だったみたい。
 懐古主義と戦いながら、反動を抑え込み、前より良い時代を創り出すことは簡単ではないなぁ。負ければ前より確実に悪い時代が訪れるわけだが……。

 歴史部分で最後の年表ですらムハンマド・アリーの名前が出てこないことに違和感があった。

ナショナルジオグラフィック世界の国シリーズ感想記事一覧

エジプト (ナショナルジオグラフィック世界の国)
エジプト (ナショナルジオグラフィック世界の国)
カテゴリ:ナショナルジオグラフィックDVD | 13:23 | comments(0) | trackbacks(0)
<< | 2/316PAGES | >>