夾竹桃の家の女 中島敦

 パラオでデング熱に掛かった時に出会った現地の業が深い女性を描写した一遍。うだるような熱帯の熱気が、熱病の描写に重なり襲い掛かってきて、冬でも読めば汗を掻きそうだった。
 ビンロウを庭に植えていて石灰と一緒に噛んでいるという現地の風俗描写も興味深い。台湾のイメージが強かったけれど、パラオまで南に行っても同じ風習があるんだなぁ。石灰ならサンゴ礁の島でも手に入る。

 情事の気配に関しては「やれたかも委員会」での審議待ちとしたい。
 熱病でピンチになり、熱病に救われる。すべてが熱病の中の出来事なのは、夾竹桃の家の女もまた一種の病気であることをしめしているのか。

 タイトルに「の」が連続して野暮ったい点も、何か意図的なものに感じられる。

青空文庫
中島敦 夾竹桃の家の女
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狼疾記 中島敦

 人類の未来に悩んでしまう男、三造のくよくよした話。セトナ皇子(仮題)に通じる要素をみていたが、M氏の登場によって思わぬ方向に話が転びはじめた。
 当時ならM氏のような扱いの人でも何度も結婚できたのだなぁ。現代では社会でもっとも見捨てられている階層あつかいされている「キモくて金のないおっさん」に見えた。もっとも金はそれなりにあったのかもしれない。あと、出会いの機会も多いな。

 三造の悩みには、太陽がなくなっても人間の活動の痕跡がまったく消えるわけではないと無理に反論してみたくなった。しかし、最終的には宇宙は光だけになってしまうと言うし、痕跡があっても何なのだろうか。
 わからない。
 自分の意識がここに何故あるのか?という悩みに惑わされた経験を思い出した。存在の意味を求めていたわけでもなかったのだが。

 多くの人は三造と同じ悩みを抱える余裕がないのだと考えてみるものの、実は考えたくないために余裕をあえて無くしている人もいそうだなぁ。
 曖昧ながらも考えつづけて、それを積み上げてきたM氏は立派である。

青空文庫
中島敦 狼疾記
教材として鉱物が出て来る点にも注目したい
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「孫子」解答のない兵法 平田昌司

 現代においても神話につつまれてしまっている孫子の意外な歴史を教えてくれる一冊。
 孫子がそれなりの地位を保ってきた背後には科挙に取り入れられていたおかげがあったらしい。中国における科挙のテキストは聖書みたいな役割を果たしてきたと言えるかもしれない。
 日本においては「太公望の兵法」である二冊が長く人気をもっていて、孫子が筆頭になったのは江戸時代に入ってかららしい。しかも、幕末における孫子研究は東日本が中心で、西日本は西洋などの新しいテキストをよく研究していたそうな……。
 そんな中、西日本で孫子に目を付けていたのが吉田松陰だった点がおもしろかった。

 有名すぎる銀雀台の竹簡にない部分で世界でもっとも古い孫子の情報が日本に残っていたところも興味深い。
 ラテン語の古い形が古代ローマにおいては周辺であったドイツに残っているとされるのに、通じるものがある。

 「孫子学派」の文章とされる「奇正」の翻訳が載っている点にも注目。あと、魏武注があらためて面白く思えた。あれだけの大業をなしとげながら、歴史に残る研究もしているなんて本当に希代の人物であった。

関連書評
全訳「武経七書」1 孫子・呉子 守屋洋・守屋淳
アミオ訳孫子 守屋淳・臼井真紀
最高の戦略教科書 孫子 守屋淳

『孫子』―解答のない兵法 (書物誕生―あたらしい古典入門)
『孫子』―解答のない兵法 (書物誕生―あたらしい古典入門)
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史記<列伝> 水沢利忠・著/佐川繭子・編 明治書院

 司馬遷の史記において一方の軸をなす列伝から主要な人物を抜粋してわかりやすく翻訳した一冊。
 書き下し文と翻訳のあとに、背景として周辺事情が紹介されているので、注を追うように引っかからず、流れの中ですらすらと読むことができる。

 発展させた歴史小説を読んでいると内容豊富に思えてしまう列伝の内容が意外なほどさっぱりしていて、必要最小限に近い文章量で描かれていることに驚いた。
 竹簡・木簡がメディアだったのだから、文章をシェイプアップするのは当然か。書き下し文からでも司馬遷の名文家ぶりが伺えた。
 とりあげられている人物については発展作品でおおよそ知っていたが、基本的な情報がどこなのか押さえる役には立った。たまにいつも割愛されてしまうタイプの情報が原典に載っている。

 刺客列伝など教科書に載っている人しか取り上げられておらず、すべてを押さえようと思ったら不適当である。孫子・呉子列伝から、呉子がまったく挙げられていなかったことが悲しかった……。
 それ以上に李斯列伝での宰相の転落ぶりが悲しい。まぁ、焚書坑儒をやった後だから因果応報か?趙高の黒を白と言い張り、周囲を丸め込むテクニックがすざまじく、有名な馬鹿のエピソードはその完成形として流れの中にあることが理解できた。

史記 列伝 (新書漢文大系 14)
史記 列伝 (新書漢文大系 14)
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バーブル・ナーマ3 バーブル・著/間野英司・訳注

 MAPはどんどん南に移動してきてついに舞台はインドに。本書ではヒンドと表記される大地をめぐってイスラム教徒同士あらそった後は、異教徒のラーマ・サンガーと最終決戦をまじえる。
 そして、征服の足場固めの最中にバーブルは死去するのであった――本人の著作ということもあり、死の瞬間までは描かれていないが別の史料から彼の死を紹介する文章が収録されている。
 フマーユーンへの父親バーブルの非常に強い愛を感じるエピソードだった。フマーユーン宛の手紙では兄弟仲良くすることを説いていたり、比較的「普通のお父さん」を想像させる場面があった。
 もちろん普通がいちばん難しいのである。傑出したバーブルだからこそ普通のお父さんを征服事業の合間にやることができたのだろう。

 バーブル軍はルーム式(オスマン・トルコ式)のやりかたをすっかり会得していて、荷車で固めた移動式の陣地から大砲や火縄銃を雨霰と敵に浴びせている。
 この強靱な中軍に旋回攻撃をこなす遊牧民の機動力があわさっているのだから弱いはずがない。
 そうだとしても大軍との戦いに兵士たちを奮い立たせ、広い戦場を切り盛りするバーブルの統率力の凄まじさが感じられた。

 ベンガル人との戦争などでは河川を前にした攻防を繰り広げていて中央アジア出身のバーブルが水辺の戦いにも長じていたことが分かる。
 ガンジス川を泳いでわたる初老君主だからなぁ……彼が海まで到達しなかったことが、ちょっと残念だ。

 インドの動植物にも書いていて、いささか単調ながらも興味深いのだが、果物の味に関する評価がシンプルで笑ってしまった。「とても良い。悪くない」みたいなさっぱりしたまとめが続いていた。
 チュルク文学の星であるバーブル・ナーマの散逸した部分もいつか発見されることを心の底から願わずにはいられない。

バーブル・ナーマ 3: ムガル帝国創設者の回想録 (東洋文庫)
バーブル・ナーマ 3: ムガル帝国創設者の回想録 (東洋文庫)
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バーブル・ナーマ2 間野英字・訳注

 10年飛んだらウェーイ系になっているバーブル王の姿に絶句。ヘラートで飲酒を決断したせいで、王様は変わってしまった……。
 カースィム・ベグの後見がなくなったせいかもしれないとも思った。カンダハールの戦いで額に矢を受けた描写があったので戦死したかと思いきや普通に生きているし、10年後ではカーブルの留守を受け持っている。宿将の言葉がふさわしい。
 バーブルも甘い方だが、カースィム・ベグは輪をかけて甘い。遊牧民たちが移動の許可を願うときの仲介役に頼りとするくらいだ。

 バーブルはサマルカンドから追い出されて、ティムール朝の仲間を失い、進出方向を変えた。それ事態はいいのだけど、異母弟のナースィル・ミールザーがカンダハールに包囲されている時に、救援をせず別方向への発展を探るのは控えめに言っても鬼畜である。
 カンダハールは放棄しながらも、かろうじて生きて帰ってきた弟は兄に対して何を思ったことか……訳注によればワインの飲み過ぎで死んだのも、そういうストレスが関係していそう。
 そもそもワインをおおっぴらに飲めるようになったのもバーブルが飲酒を始めたおかげである。酒を断っていた時代のバーブルが家臣一同と酒宴に呼ばれて、バーブルが無礼講だと家臣に告げていたにも関わらず、家臣たちがこそこそと飲んでいた描写が人間味たっぷりだった。
 まったく、よくみている殿様だ。

 アフガニスタン周辺の地理描写も見所であり、ヒャッハーな略奪をつづけるバーブルたちと旅を共にした気分になれる。
 アフガーン人の性質について、ずいぶん悪く書いているけれど、余所者が当然の権利者の顔をして支配にやってきたら「なんだこいつ」と思われるのも無理のない面はあったのではないか。

関連書評
ナショナルジオグラフィック世界の国 アフガニスタン

バーブル・ナーマ 2: ムガル帝国創設者の回想録 (東洋文庫)
バーブル・ナーマ 2: ムガル帝国創設者の回想録 (東洋文庫)
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バーブル・ナーマ1 バーブル・著/間野英二・訳注

 ムガル帝国創設者の回想録と副題がつく。そもそも、バーブル・ナーマも本来の書名ではなかったとされるバーブルの事績録。著者が1995年につくった校訂本を元に翻訳した物。

 ティムールとチンギスハンの血を引く高貴な王子バーブルが中央アジアで送った若き日々は戦いの連続であり、裏切りや逆転劇もひどく多い。
 サマルカンドを征服しては奪い返される繰り返しに、日本の戦国武将、小田氏治を思い出した。彼が小田氏治と違ったところは若くして他の地方への転進を決意したところで、一族郎党をひきつれていれば土地がなくても何とかなる当時の中央アジアの性質を感じさせる。

 それにしてもよくぞ飽きないと思うほど戦いに明け暮れているのだが、バーブルにとってみれば十代からの日常なので違和感を覚えることもできなかったかもしれない。
 他の勢力との戦いでは基本的に劣勢である。しかし、バーブル本人は好機を逃して果断さに欠けたことを反省している場合が多い。あるいは間違った提案を受け入れたことを。
 たとえば、バーブルが経験した初めての会戦であるフーナーン付近の戦いでは、部下のベグが慎重だったせいで、追撃が徹底していない。明らかに反抗的な人物を、その勢力が大きいために重用せざるをえない場合もあった。
 血気盛んな若いバーブルにとって、さぞかし歯がゆいことだっただろう。

 訳者の述べるように本書にはバーブルの率直な心情が多く吐露されており、商人の少年バーブリーに恋をした場面はなんとも印象的だった。
 登場人物が多く名前も似ているので区別が難しかった。歴史書なので仕方がないことではある。

関連書評
バーブル〜ムガル帝国の創設者 間野英二
ムガル帝国の興亡 ナショナルジオグラフィックDVD

バーブル・ナーマ 1: ムガル帝国創設者の回想録 (東洋文庫)
バーブル・ナーマ 1: ムガル帝国創設者の回想録 (東洋文庫)
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神秘の島(下) J・ベルヌ作 清水正和 訳 J・フェラ画

 表紙に男が6人いる!裏表紙にも影が6つあって、リンカーン島に流れ着いた5人の男たちに何があったのかと思い読み進めた。第7の男も出てきて、それが海底二万哩のネモ艦長だったりしたから、さらにビックリした。
 海賊船がやってきて戦いになるのは、お約束的な展開とも感じられたが、守護神の介入で頂点を極めずに不完全燃焼で終わってしまった印象も受けた。
 まぁ、技師も水夫も記者も兵士ではないからな……撃ちまくれって命令した割に丹念に狙撃をしてしまった印象。日頃の弾丸節約癖が肝心なときでも抜けなくなってしまったのかも。

 人間同士の戦いは盛り上がり切らなかったが、代わりにフランクリン山の噴火描写が見事だった。火山国ではないフランスの人間がこれを描いたことがますます驚きである。
 盛んに例にあげていたイタリアの火山から多くの情報を得ていたことは想像できる。まさか水蒸気爆発の危険まで指摘しているとはね。

 リンカーン島に加えられた徹底的な開発はともかく、ジャガーを全滅させようとした方針については現代的な視点からは抵抗を覚える。リンカーン島に骨を埋めて生態系を維持し続けるつもりなら、まだ納得できるし、最終的にはみんなそういう気持ちになっていたが……。
 あと、アメリカに連れて行きにくい都合で死んだ気もするジュップが可哀想だった。岩礁の状態になっても魚釣りくらいはできたんじゃないかなぁ。
 食糧はキープできても釣り糸と釣り針は無理だった?

関連書評
日本の火山図鑑 高橋正樹
オセアニア〜暮らしの考古学 印東道子

神秘の島〈下〉 (1978年) (福音館古典童話シリーズ)
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神秘の島(上) J・ベルヌ作 清水正和 訳 J・フェラ画

 アメリカ南北戦争のさなか、アメリカ連合国の首都リッチモンドから気球で脱出した北部のシンパである5人の男と1匹の犬はたいへんな嵐に巻き込まれて太平洋の孤島にたどりついた。
 リーダーである技師サイラス・スミスに導かれ、徒手空拳から文明の利器をつくりだしていく男たち。無人島であった「神秘の島」リンカーン島は瞬く間に先進地帯に生まれ変わっていく。

 無人島に一つだけもっていくなら、サイラス・スミスをもっていきたい。そんなことを考えてしまうほど彼の活躍はめざましい。鉄や陶器はいうに及ばず、グリセリンまで作ってしまうのだから凄い男だ。
 鉄を還元するときの一酸化炭素と黄鉄鉱を焼くときの亜硫酸ガスの発生が、かなり心配な作業だった。
 現代では無用の長物あつかいされている黄鉄鉱にも硫酸を得るという使い道があったんだな――現代は石油精製の副産物として硫黄が得られているからなぁ。

 ほかの登場人物もそれぞれ特技をもっていて、自分の技術を見事に活かしている。無人島の閉鎖環境にありがちな険悪な関係になることなく、創意工夫を進めていくので読んでいて気持ちが良かった。


リンカーン島「こんなこともあろうかと石炭層だけは」
サイラス・スミス「でかした!」

 状態の島はかつて沈んだ大陸(ムー大陸化)の一部という設定なので、動植物も異常に豊富だ。現実にはニュージーランドとチリの間には存在しえない地質的特徴をそなえている。まだ大陸移動説も認められていなかった時代の作品なので、そこはしかたがない。
 そういう粗をのぞけば科学的に忠実であろうとベルヌが努めていることがよく伝わってきた。ただ「今日は新月なので雲がなければ光が射す」という文章は……皮肉じゃなければ失敗だな。

 挿し絵も豊富で状況がイメージしやすい(文章との一致が気になるものが少しあるが)。なにより島の地図が魅力的でイマジネーションをかき立てられた。

 ストーリーを引っ張る神様が遭難者の工夫を観察するために創ったような島と、遭難者たちへの手助けの謎が気になる。
 ロビンソンマニアの甥を楽しませようと無人島送りにしたオッサンの小さいオッサンバージョンが活動しているのかもしれない。

関連書評
ヤギの絵本 まんだまさはる・へん いいのかずよし・え
蒼海ガールズ!2 白鳥士郎・やすゆき GA文庫

神秘の島 (上) (福音館古典童話シリーズ (21))
神秘の島 (上) (福音館古典童話シリーズ (21))
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カエサル戦記集「内乱記」 高橋宏幸・訳

 カエサル対ポンペイウス。共和制ローマの後期をいろどる二大英雄による激突を、カエサル本人が描いた「覚え書」の翻訳。
 カエサルの文章にしては読み味が重く翻訳されている。ページの左端に注がまとめられていて、読みこぼしなく読み進められるようになっている関係もあるかもしれない。
 シリーズの続刊予定として未読の「アレクサンドリア戦記 アフリカ戦記 ヒスパーニア戦記」が収録されているらしいので、比べてしまうと悪文と言われる、それらがあまり変わらない感覚で読めそうなことに期待した。

 戦いそのものについては、せっかくの両雄対決がもりあがり切らずに終わってしまった。両軍の分裂した部隊がそれぞれ合流して、いざ決戦に挑む段取りなど、振り返って解説されると実に劇的なのだが。
 どうも、スキピーオーが私利私欲にまみれた小物として描かれすぎてしまっているために、脅威を感じられないらしい。ありえないことだが、ポンペイウスに合流するのがクーリオーの軍を破ったユバ王だったら、もっと盛り上がったはず……騎兵の質が違うから下手をすればカエサル軍が負けるか。
 「史実だけにもったいない」感覚があるのも、作品に史実らしさを感じさせるカエサルの術中なのかもしれない。

 巻末解説では「威信」と「われわれ(ローマ人)」をキーワードに訳者がカエサルの内乱記を振り返っている。「威信」を表に出した戦争は現代では「メンツ」で大事な命を無駄にしていると受け取られかねないが、それは時代がちがーう!
 舐められたら生きてはいけない社会の恐ろしさを間接的にひしひしと感じている。

関連書評
カエサル「ガリア戦記」歴史を刻む剣とペン 高橋宏幸訳者によるガリア戦記研究書
内乱記 カエサル・著 國原吉之助・訳

カエサル戦記集 内乱記
カエサル戦記集 内乱記
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