牛人 中島敦

 さすがはウシ!メタンガスのゲップで地球温暖化を進ませ、世界を滅ぼそうとしている動物に似ているだけの事はある。
 まぁ、叔孫豹には文字通り「身から出た錆」だったかと。状況は異なるが血縁者と言えども生殺与奪の権を与えれば大変なことになる点で「リア王」に通じる内容だった。中国が舞台だし宦官趙高の逸話を連想したほうがいいのかなぁ。
 人間関係のバランスを取ることの大切さを教えてくれる、たぶん。

 叔孫豹が死亡を前にしたときの描写は、エジプトを征服したイスラム帝国の武将アムルが臨終の際に述べた感想「天が大地に迫り、私はその間に横たわり、針の目から息をしているようだ」によく似ていた。
 海外の歴史もあつかう著者だから、実際に参考にしたのかもしれない。

 叔孫豹に引き取られた後の牛人の母親が気になる。

青空文庫
中島敦 牛人

関連書評
アレクサンドリア E・M・フォースター 中野康司・訳:上にあげたアムルの言葉が載っている。
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セトナ皇子(仮題) 中島敦

 すべてを知っているつもりだったセトナ皇子が、この世の根源的な存在理由を疑問に思ってしまい、深い悩みに囚われてしまう話。劇的な解決もないままに消えていってしまうところが中島敦流。

 この世に存在している理由はないけど、この世が存在しなければ、それを疑問に思うこともできない。だから、疑問に思うことができる「だけ」である。
 そんな答えじゃいけないのかな?

 すべてには何か理由が必要だという前提がセトナ皇子を苦しめている。進化のすべてが適者生存だと思いこむのと同じで、危険な兆候である。
 「意味のある情報」だけを頭の中にため込みすぎたあげくに、意味のない生き方をしてしまった。そう考えると、遠い人物に感じられていたセトナ皇子にも学ぶべき事がある。

 古代エジプトの舞台装置が「雰囲気」を出していた。文字禍といい、目を付ける時代と地域にセンスが満ちている。

青空文庫
中島敦 セトナ皇子(仮題)
カテゴリ:時代・歴史小説 | 16:57 | comments(0) | trackbacks(0)

真田疾風録〜覇道の関ヶ原 伊藤浩士

 真田一族の談合が関ヶ原の戦いを変える王道歴史シミュレーション。
 一冊ですっぱり完結している。そのために、ややご都合主義的な展開に感じられる場面が目に付いた。井伊直政は史実でも死んだから仕方がないが、榊原康政まで戦死させるとは……。
 ちょっと真田信幸にとって良い方向に偶然が重なりすぎていた。

 まぁ、関ヶ原の合戦に秀忠軍団や立花宗茂が参戦していたら?という歴史IFからの短期間での合戦の連続はよかった。
 けっきょく東北や九州での関ヶ原の戦いが短時間で停止されることは変わらないんだな。
 いきなり政権の首班におさまった真田親子に内心で不満をもつ人物は多そうだ。でも、徳川家と真田信幸の結びつきが大きな支えになりそう。
 豊臣家とは信繁(作中では幸村表記だったが)がつなぎになるし、信幸の政権運営しだいでは、それなりに安定するかなぁ。
 徳川にも豊臣にも政争によるチャンスがないとも言えなくはない終わり方だった。信幸が淀殿対策で寿命を縮めないことを願う。
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呉越春秋〜湖底の城7 宮城谷昌光 講談社

 主人公が伍子胥から范蠡に代替わり。越を舞台にした物語が繰り広げられていく。
 范蠡の成長については、けっこう端折られた印象はあるけれど、伍子胥編で見られたエピソードが複雑に絡み合っていて面白い。
 複雑な伏線回収に挑戦している。

 戦争はスイリの戦いひとつだけで、有名な自刎戦術はもちろん描かれているのだが、越王勾践はそこにひと味付け加えている。
 一度勝利しても国力で越国が不利であることは変わっていない点も注目である。スイリの勝利の勢いを借りて国力差が逆転するまで攻めつづけることは、やっぱり無理だった。二回も奇襲作戦に失敗して貴重な精鋭を失っているからなぁ。
 越兵は失敗したら生きて帰れないと絶望的な戦い方をするところも恐ろしい。まるで太平洋戦争の日本人みたいである。彼らに国家からの保証はあったのだろうか……。

 常に退路を考えて行動している范蠡の姿勢に彼らしさを感じた。
 女性との縁もなかなか多いが、喜ぶよりも悩まされてしまう性格である。西施から重要情報が零れてくる展開もあるのかなぁ。
 范蠡が主人公になった以上は、伍子胥が死んでも話は続きそうだ。

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呉越春秋 湖底の城 第七巻
呉越春秋 湖底の城 第七巻
カテゴリ:時代・歴史小説 | 15:53 | comments(0) | trackbacks(0)

呉越春秋〜湖底の城6 宮城谷昌光 講談社

 復讐鬼死者に鞭打ち賢者モード

 日呉れて道遠しの名言がなかった……多少は似たようなことを言っていたけれど、物足りない。平王の死体にむち打つシーンも現在の楚王への怒りをおさめるシーンも淡々としていたけれど、それがかえって狂気を感じさせた。
 さすがに楚の民に対する演出と考えるのは好意的にすぎるな。

 特に楚がひどいが、呉でも王以外の王族が大きな権力を握ることの問題が指摘されている。間接的に戦国四君を批判しているなぁ――そもそも戦国四君が出てくる話でも社会体制の後進性を示すものだと批判していた作者なので当然である。
 まんまと唆された夫がいは不甲斐ないの一言だ。
 問題の後継者、夫差は終るいの息子で、闔閭の孫になっている。うーむ。完全に世代が違うので伍子胥とそりが合わないのも仕方がない。やっぱり引退するべきだったよ……。

 小国の君主が意地をみせるエピソードが多くて感動的だった。簡単に踏みつぶされたりしてしまうけれど、一寸の虫にも五分の魂である。
 あと、昭王の逃走ルートを探るシーンがかなり独特。機械の導入の点では楚は先進的あつかいなのか。

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呉越春秋 湖底の城 第六巻
呉越春秋 湖底の城 第六巻
カテゴリ:時代・歴史小説 | 22:14 | comments(0) | trackbacks(0)

湖底の城〜呉越春秋5巻 宮城谷昌光

 ついに5分の2まで到達した復讐劇。作中の伍子胥は年数で換算しているが、読者は巻数で換算する。つまり完結は12.5巻になるのだろうか?
 そっちも孫武先生の――主に資料不足の――力で短縮してくれることを期待せざるをえない。
 伍子胥に孫武をくわえた呉王闔閭のいきおいは、まさに翼をえた虎であり、向かうところ敵なしに見える。しかし、そんな最中でも用心をおこたらない孫武には呉が立たされている状況の厳しさがよく見えている。
 国は民を安んじることはできても、将軍は心を休める暇もないのが孫子の兵法である。呉での活動期間が分からない事情を、孫武の過労死に求めそうな雰囲気だ。孫武ならそのリスクまで読んで、自分の兵法の後継者を用意しておくけどな!
 ……考え込みすぎて、もうわけがわからない。季節が巡って、軍旅をもよおす時機が決まっていることが、慎重居士に辛うじて行動を許している気がしてくる。

 とりあえず呉は楚に従属する小国を脱落させはじめた。徐は独自に勢力を伸ばして大きくなっていた時期もあっただけに、この扱いは残念だ。城に対する水攻めの雰囲気が曹操がやったものを連想させた。
 壁を乗り越える瞬間を攻撃する奇策は通用したのかなぁ。孫武は蟻みたいに壁に取り付くのは余程のことがない限り許さない将軍だから、もりあがっている徐の君臣には悪いけれど、疑わしい。

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湖底の城 呉越春秋 第五巻
湖底の城 呉越春秋 第五巻
カテゴリ:時代・歴史小説 | 13:12 | comments(0) | trackbacks(0)

劉邦・下 宮城谷昌光

 あとがきで田横の活躍を描いた香乱記で、劉邦を煮ても焼いても食えない男に描きながら、今回彼を聖人君子に描いた理由が説明されていた。
 個人としての一貫性と王者としての一貫性は違う。なんだか儒者が使いそうな理屈だなぁ。
 しかし、項羽が「まるで成長していない」と評したことと繋げて考えると、いろいろと納得できる。成長しないから何年経っても行動が一貫しているように見えるのならば、一貫性とは幼稚と同じになってしまう。
 行動が複雑にみえても、常に良い方向に変化しているならば、成長するという一貫性を備えていることになる。実際はどうだったかはともかく、田横や項羽より劉邦の方が玄人好みの歴史人物に見えるのは確かである。

 まぁ、皇帝になってからがまた大変なのだが……死んでからの王朝はもっと大変。部下も誅殺されず、呂后も芯の強い人のままで終われたこの作品は幸せであったと言わざるをえない。
 韓信はフラグを立てまくっているけどな……韓王信もそれなりに。
 ちゃんと出世できた人材を強調して、そうでなかった人材の存在を流すことで、光武帝劉秀の雲台二十八将も同じようなものだったかもしれないと遠回しに問題提起している?そんなことも考えた。

 ともかく項羽の真逆をおこなうことで成り上がった劉邦は、項羽という指針を失ってしまったために迷走をはじめた。そう考えるならば、やっぱり成長していないことになるが、真実はいかがなものであろうか。

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劉邦(下)
劉邦(下)
カテゴリ:時代・歴史小説 | 23:22 | comments(0) | trackbacks(0)

香乱記・下 宮城谷昌光 毎日新聞社

 秦の二世皇帝は馬鹿みたいに死んで、いよいよ楚漢戦争が幕を開ける。ひとり独立をたもつ田氏斉は楚の猛攻撃を受け、漢のだまし討ちを受け、悪戦苦闘をつづける。
 しかし、そこには道の通った美しさがあった。

 漢の人材が軒並み批判されていて、項羽より下に言われることさえあった。劉邦への批判は後に著者が「劉邦」を描いて、清らかな王者の姿勢を描写することを考えると、違和感を禁じ得ない。
 田横を持ち上げるために劉邦たちを下げるのはやりすぎではないか。
 まぁ、ソウサンみたいに批判しつつも、行動には深みがある描き方をされているので、本書の描写も田横側の価値観が投影されたものであるのは分かる。
 まさかソウサンが話を終わらせることになるとはね。女性以外の田横の人材は軒並み戦死か殉死をしてしまったので、しかたがないなぁ。老子の思想で進めてきたのに殉死でまとめてしまうのは悲しい。

 田横の子供が蘭の腹の中にいて日本に渡ったみたいな描写は、日本独特のもので、中国史を描く小説としては引っかかるものを感じた。楚漢戦争が終わっても7年に過ぎないから徐福とほとんど時間差はないんだなぁ。
 フィクションの中で日本に渡ってきた人物を集めたら凄いことになりそうだ。それだけで300人を超えたら笑ってしまう。

 あと、与し易しという表現が作中に使われていて「与する」は「味方する」だからおかしいんじゃないかと思っていた昔年の疑問が――宮城谷先生までもが使うならと国語辞書を引いたら「与し易い」が「相手として扱いやすい」として載っていて――氷解した。さっさと辞書を使えと。

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香乱記〈下巻〉
香乱記〈下巻〉
カテゴリ:時代・歴史小説 | 20:14 | comments(0) | trackbacks(0)

香乱記・中 宮城谷昌光


 楚漢戦争の前哨戦。秦の名将章邯が関東を所狭しと暴れ回り、反乱軍を次々と平らげていく!彼を函谷関で足止めした周文の将器の大きさが分かろうというものだ。
 軍を立て直した周文に援軍と兵糧を継続的に与えつつ、章邯が更迭されるように反間の計を打っておけば、それで秦帝国は瓦解したのではないか。陳勝の定見のなさが、名将の足を引っ張っている。
 秦に程近い場所で孤軍奮闘する状況も、兵の補充には不利に働いただろう。しかし、退けば函谷関の地の利を活かせないわけで、周文にとっては非常に苦しい戦いだったと思う。

 章邯がひとたび函谷関から躍り出てしまえば、抵抗できるものはなかなか現れず、陳勝軍や魏軍が次々と葬られていく。そこで立った項梁が斉軍と連携して見事に章邯を打ち破るところが中巻のハイライトになる。
 田横の活躍はどうしても斉周辺に絞られてしまっており、大舞台が向こうから近づいてくれるのを待つしかないところがある。
 遠征軍を従えて中原を疾駆する田横が見たくなるなぁ。

 関中は中原を吹き荒れる嵐も知らず――でも平和とは言いがたく――狂った政治を続けている。守備力は高いけど、外部の情報に疎くなりやすい弱点が秦の故地にはある。辺境を自覚していた時代には情報収集に積極的でも、一度世界の中心になってしまうとかえって孤立するようだ。
 もしかしたら、項羽が彭城に首都を定めたのは、彼の器には適当だったのかもしれない。どちらにしろ遠征しっぱなしになるから、策源地としての意味しかないかなぁ。

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香乱記〈中巻〉
香乱記〈中巻〉
カテゴリ:時代・歴史小説 | 20:01 | comments(0) | trackbacks(0)

香乱記・上 宮城谷昌光

 始皇帝時代の末期から大乱の始まりまで、あまたの群雄が活躍した時代を斉の田横を主人公にして描く歴史作品。劉邦と項羽の戦いの側面を飾っていた印象の人物が、意外や大器であったことが分かる。
 斉の王室の血を引いていることが、かえって彼の枠を天下まで広げてくれなかったのかもしれない。

 項梁が田横に剣を教えていたり、近くで活動している盗賊の名前に彭越が出てきたり、英雄たちのニアミスっぷりが楽しい。特に扶蘇との関わりは強くて、皇太子の惜しさがよく分かった。彼の代わりに立つのが胡亥では悔やんでも悔やみ切れない。

 対照的に生き延びてはいるが残念なのが名宰相だったはずの李斯である。守るものが増えすぎた彼は、ただひたすら苦悩を続けている。ちょっとした勇気があれば世界を救える位置にいたのに、しかも賢明な人物なのに、どうしてこうなってしまうのか。人間の不思議を感じざるを得ない。
 思えば呂后が猛威をふるっていた時代の陳平も、あのまま没していたら李斯の轍を踏むことになったはずだ。謗りを受ける可能性があったのに、よくぞ耐えたものである。

 あいかわらずヒロインが豊富で、李桐の賢さと可愛さには打たれるものさえあった。だが小珈の死の悲しみが、無くなるわけではない。田氏が襲われた悲劇は、法治国家の弱点が良くみえるエピソードだった。

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香乱記〈上巻〉
香乱記〈上巻〉
カテゴリ:時代・歴史小説 | 18:11 | comments(0) | trackbacks(0)
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