鳥瞰イラストでよみがえる歴史の舞台 歴史群像編集部・編

 日本の歴史を鳥瞰イラストでおえる紙であることを徹底的に活かした本。折り込みパノラマイラストが多数収録されていて、大きな机で広げて読めば楽しめる。
 読む前に机の片づけが必要な場合があるかもしれない。

 イラストレーターは板垣真誠・伊藤展安・香川元太郎・黒沢達矢・中西立太・藤井康文の各氏で、特に黒沢達矢氏と香川元太郎氏のイラストが多く、目立っていた。
 黒沢達矢氏のイラストは細かくきっちり描き込みされており、徹底的に細部を追いかけて発見する楽しみがある。
 香川元太郎氏のイラストは目になじむ色使いが特徴で、全体をゆったり把握できる。

 取り上げられている時代は壬申の乱から始まって現代の東京までで、やはり戦国時代と幕末が比較的多い。
 東京については徳川氏の江戸から順次変化を追いかけられる内容になっている。京都にいたっては平安時代から幕末までわかる。
 別の本で見覚えのあるイラストも散見されたけれど――たとえば真田戦記に載っていた真田郷周辺など――まとめて、カシミール3Dで作成された地形図などと一緒にみられる新鮮さがあった。
 戦国時代の解説はやや「定説」に傾きすぎに感じたが、紙数の関係もあったのかもしれない。

関連書評
別冊太陽 パノラマ地図の世界
俊英 明智光秀【才気迸る霹靂の知将】歴史群像シリーズ戦国セレクション

超ワイド&パノラマ 鳥瞰イラストでよみがえる歴史の舞台 (Gakken Mook)
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平城京のごみ図鑑 奈良文化財研究所 監修

 謀殺されたあげくにゴミを漁られる長屋王が心の底から気の毒になってきた……が、勤務評定によればブラック労働をさせていた(用人の自覚はどうあれ)ことが判明しており、ちょっと印象が変わった。
 表紙にもでている怖い顔の人物の落書きは長屋王邸前の溝から発見されているから、わずかながら長屋王本人の可能性もあるのかなぁ。詳しければ冠の形状からその可能性がないことは判断できそうだが、詳しくないのでわからない。

 トイレに関する記述が執拗に感じられるほど入念で少し圧倒されてしまった。基本は「おまる」の時代だからトイレの証拠をつかむことが難しい事情は、ヨーロッパなどの研究事例と共通していそうだ。
 トイレ研究家同士の国境を越えた連帯感みたいなものも世の中にはあるのかなぁ。

 関西弁で考古学者をストーカー呼ばわりしたり、フリーダムな言動をみせた不定形キャラクターの「ゴミドコさん」について、正体の説明が最後の方にある。
 気になって気になって気になって内容に集中できない場合は先に確認しておいた方がいい。

関連書評
奈良時代MAP〜平城京編 新創社 編

平城京のごみ図鑑: 最新研究でみえてくる奈良時代の暮らし (視点で変わるオモシロさ!)
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エリザベス女王〜女王を支えた側近たち 青木道彦

 世界史リブレット人の051。
 エリザベス女王の人物に迫るよりも彼女がイングランドを治めた時代や側近たちに焦点を当てている。ただし、二つ収録された演説は女王ならではの力をもっていて、とても興味深かった。
 財政的には問題が多くて、彼女が亡くなったときに40万ポンド以上の借金を残してしまったというから、評判のよかった先代と比較されつつも、先代の残した文字通りの負の遺産を背負うことになったジェームズ六世が気の毒である。

 まぁ、エリザベス女王の先々代の後始末も、それはそれで大変だったはずだけど……。
 宗教問題と政治問題の関わりをみる上でも、英国国教会の成立過程は興味深かった。

 あと、エセックス伯のクーデター計画に変にワクワクしてしまった。

関連書評
世界の戦争6〜大航海時代の戦争 樺山紘一・編

エリザベス女王―女王を支えた側近たち (世界史リブレット人)
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カテゴリ:歴史 | 21:31 | comments(0) | trackbacks(0)

ドイツ王室1000年史 関田淳子

 ザクセン・プロイセン・バイエルン。ドイツを代表する三つの王室について君主を中心に大量の絵画で追っていく。
 プロイセンより先にザクセンが出てくる配置が興味深い。由緒の正しさではザクセンの方が上か。選帝侯という神聖ローマ帝国独特のシステムや新旧のキリスト教が激突した影響も見逃せない。
 しかし、いちばん印象的なのはナポレオンという名の災害の存在である。ドイツ諸侯目線でも、とてつもなく衝撃的な出来事だったようで、ヨーロッパの津波に翻弄される彼らの立場にハラハラしながら読んだ(ドイツにとって三十年戦争も熾烈だが、お偉いさんにとってはナポレオン戦争の方が影響が大きそう)。
 バイエルンについては巧妙に立ち回って、ナポレオン戦争から利益を得ていたりする。よくいえば小国の知恵である。

 東の隣国であるポーランドとの関係もさすがに深くて、ザクセン公はポーランドやリトアニアとの同君連合を作っていたりもする。
 神聖ローマ帝国の皇帝になった時期さえあっても主流になることができなかったのは何故か。考えさせられた。

 ヴィルヘイム一世とビスマルクが互いに悔し涙を流しながら激論を交えたこともあるとのエピソードに衝撃を覚えた。この時代のプロイセン人もわりと泣く人種だったのかな。
 二人の立場が比較的に対等だからこそ、そんなになるまでやりあえたのだろう。泣かされても権威でおしつぶさないヴィルヘイム一世は偉い。

関連書評
ビスマルク〜ドイツ帝国の建国者 大内宏一
図説ナポレオン政治と戦争〜独裁者が描いた軌跡 松嶌明男
七年戦争・上 吉田成志 文芸社

ドイツ王室一〇〇〇年史 (ビジュアル選書)
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後三条天皇〜中世の基礎を築いた君主 美川圭

 世界史リブレット人021。
 藤原氏の熾烈な妨害工作を凌ぎきって天皇になった後三条天皇。荘園の再編成を進めて中世の扉を開いた人物の実績を物語る。

 藤原道長があからさまに孫となる天皇の男児を望んでいたために、生まれた孫娘に恨まれたらしいことは、権力のありすぎる人間の無頓着なところがよく表れている。
 しかも、身内に対しての冷たい態度なのだから救いがない。天皇の后となった娘も悲しかったに違いない。

 道長の後継者である頼通が後三条の邪魔をしまくったことは、明治時代の歴史家からどんな評価を受けていたのかなぁ。あからさまにこき下ろされた足利尊氏と藤原氏の間にあつかいの違いはあったのか?
 皇室と一体化しすぎて迂闊にたたけないなんて事もありそうだ。

 よくあることだが、著者はいろいろな説をとりあげて賛成したり反対したりしている。説の内容を紹介する前に、著者の態度がわかると助かると思った。

関連書評
古代天皇列伝〜日本の黎明を統べる系譜 歴史群像シリーズ
中世の天皇観〜日本史リブレット22 河内祥輔

後三条天皇―中世の基礎を築いた君主 (日本史リブレット人)
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地図で読む世界の歴史 ローマ帝国 クリス・スカー

 吉村忠典・監訳、矢羽野薫・訳。
 都市というか村落ローマのはじまりから、西ローマ帝国の滅亡まで。豊富な地図で描く142P。考古学的調査の統計的情報が取り込まれていて、埋納された硬貨の件数などは興味深かった。ただし、発見されやすさや調査の密度などで偏りが生じる可能性はある。

 後半になるとローマ帝国も屋台骨が揺らいで厳しい雰囲気になってくる。それでも幾度となく持ち直している点はさすがに歴史の蓄積がある帝国だった。
 軍人皇帝時代などから立ち直った経験もあるわけで、心のどこかでは今度もなんとかなると思っているローマ人は多かったかもしれない。
 少なくとも西ローマ帝国が滅びてもローマ貴族の生活がいきなり失われることはなかったわけで、自分さえよい考えならば一部の人間にとって西ローマ帝国の滅亡は許容できる現象だった可能性もある。

 また、本書では地域ごとに三つの都市地図をとりあげて紹介している。どの都市においても大規模な公共施設の存在感が大きくて、そこの住民はローマ皇帝の力を感じていたに違いないと思った。

関連書評
新・ローマ帝国衰亡史 南川高志
地図で読む世界の歴史 第2次世界大戦 ジョン・ピムロット
地図で読む「古事記」「日本書紀」 武光誠

ローマ帝国 (地図で読む世界の歴史)
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新・ローマ帝国衰亡史 南川高志

 ローマ帝国衰亡の歴史をガリアを筆頭とする帝国辺境から分析することを目指した文庫。
 問題はあれど、ローマ帝国が最後の方まで威信をたもっていたことを描写する。西ローマ帝国の滅亡後も「ローマ人」の有力者が活動を続けていることを考えれば、そういう認識も正しいのかもしれない。
 しかし、西方の地域に不可逆的で、ローマの統一感を損ねる現象がじわじわと起こっていたのも事実らしく、それが顕現する形で西ローマは滅びる。

 軍人皇帝がイリュリア出身のローマ人「第二のローマ人」から輩出されて、当時のローマのバックボーンとなったことは知っていたが、続いてガリア出身の人々が「第三のローマ人」となってローマ帝国を支える流れがあったことは知らなかった。
 両者の間で成功の差を分けたものはなんであろうか。後者はより西方にあるから東方への遠征への耐性が、低かったのかもしれない。

 ローマ人からローマ人らしさを奪った偏狭なローマ人意識の誕生に関する問題は、非常に現代的だ。現代の問題が古代ローマに投影された形にも思える。
 様々な時代のそういう投影に耐える要素を滅亡時のローマがもっていたことが興味深い。

 背教者ユリアヌスへそれなりにページが割かれており、彼のプロパガンダを鵜呑みにしない方針ながらも、やはり時代の主役として扱われている感じがした。

関連書評
普及版 ローマ帝国衰亡史・上 エドワード・ギボン/中倉玄喜
軍人皇帝のローマ〜変貌する元老院と帝国の衰亡 井上文則
ゼロからわかるローマ帝国 木村凌二

新・ローマ帝国衰亡史 (岩波新書)
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ムハンマド・アブドゥフ〜イスラームの改革者 松本弘

 世界史リブレット人084。
 ムハンマド・アリー朝時代のエジプトで、宗教改革に挑戦した人物ムハンマド・アブドゥフの人生と後世からの評価がまとめられているリブレット。
 エジプトでイスラーム関連と聞いてムスリム同胞団のことを連想したが、彼らのことは最後の最後で言及されている。やはりアブドゥフはムスリム同胞団に影響をあたえているらしい。

 イギリスに支配されかかった状態で、イスラーム教と世俗主義の中間にある非常に難しい環境のエジプトで改革に挑戦したことは、それだけでも偉業に思えた。
 そこら中から横槍が入る環境だから、よほど強固な信念と思想の一貫性を持っていなければ改革など行えるものではない。

 そこまで持っていても、強力な後ろ盾を失ってしまえば動きがとれなくなる所は、歴史上の多くの権力者ではない改革者と同じだった。
 保守派と改革派の中間を行って、両者から批判されたという総括にコウモリの悲しさをみた。うまく立場を逆転させられれば両端を取り込んで最大多数派になるポテンシャルがあるのかもしれないが……。

関連書評
ムハンマド・アリー〜世界史リブレット人067 加藤博
ナセル〜アラブ民族主義の隆盛と終焉 池田美佐子

ムハンマド・アブドゥフ―イスラームの改革者 (世界史リブレット人)
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徳川四天王と最強三河武士団 双葉社

 徳川四天王と呼ばれる四人の武将の功績と共に、徳川家の天下取りへの道をおう。
 酒井氏が松平氏と同格の領主であったと説明されている。井伊氏も歴史のある領主だし、松平氏の方が出自が怪しい場合すら見受けられる。それはそれで成り上がりのロマンがある?

 井伊氏の説明については、やや特殊で起源から今川氏との穏やかならざる関係まで、比較的詳しく書いている。
 表紙に「おんな城主 直虎の背景がわかる」と書き添えられている関係のようだ。しかし、説明の通りに描いたら、わりと暗い展開になりそうである。
 氏真の株がこれ以上さがるのは勘弁。小野氏は完全に悪役だろうな。まぁ、それはしかたがない。
 徹底的に追跡して「復讐」をするあたりが中世全開だった。

 井伊氏の家臣団が家康の働きかけで充実していった経緯も興味深かった。
 再現CGは城はいいのだが、野戦は微妙だった。自分たちで作ったCGを情報源に「○○がわかる」と説明されても困る。

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真田戦記 学研ムック 歴史群像編集部・編
名将の法則〜戦国十二武将の決断と人生 安部龍太郎
図説 徳川の城〜よみがえる名城 白亜の巨郭 歴史群像シリーズ

徳川四天王と最強三河武士団 (双葉社スーパームック)
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ケマル・アタテュルク〜トルコ国民の父 設樂國廣

 世界史リブレット人086。トルコ共和国(という呼び名が非公式に近いもので、公式にはトルコ国であることを本書で知った)の創設者とも言えるケマル・アタテュルクの薄い伝記。
 かつての同士たちと袂をわかっていく激動の人生が描かれる。寂しい人だ。でも、融通の利く人でもあったので新しい友人には不足しなかったかもしれない。

 第一次世界大戦後の戦争が印象的で、赤軍の戦いと似たところがあった。やはりライバルはギリシアになってしまうが、戦後はそれなりに良い関係を築けた時期もあったようだ。
 戦争の展開からアンカラを首都にしたことが正解だったとよく分かった。

 駆け足だったせいか、人間を伝えるエピソードにやや不足を感じた。本人は健康体のつもりだったけど、病気しがちな人だったことは覚えておきたい。

関連書評
ムハンマド・アリー〜世界史リブレット人067 加藤博

ケマル・アタテュルク―トルコ国民の父 (世界史リブレット人)
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