享徳の乱〜中世東国の「三十年戦争」 峰岸純夫

 応仁の乱より13年早く戦国時代に突入した東国。それどころか、東国における享徳の乱が、応仁の乱の遠因であったと著者は主張する。
 関東の支配権をかけておこなわれた足利家の「兄弟対決」、その顛末とは。

 享徳の乱で足利成氏が朝敵となりながらも戦い抜くことができた前例から、後北条氏は豊臣秀吉への反抗を試みたのかもしれないと思った。足利義政が動員できた守護大名が、関東周辺の越後や駿河の大名だけであったことが京都側の限界になっている。
 それでも足利義政が手紙攻勢によって足利成氏の打倒を積極的に目指していた事実は興味深かった。足利義昭が参考にしていそうな印象すら受ける。東北の大名に呼びかけて敵の包囲を狙っているし。

 苦しい状況で戦い抜いた足利成氏も確かに只者ではない。その能力で京都と助け合っていれば……と思わないでもないが、都(京都)と鄙(鎌倉)が争うことは足利氏の遺伝子レベルに刻み込まれた宿命であったらしい。

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享徳の乱 中世東国の「三十年戦争」 (講談社選書メチエ)
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北条早雲〜新しい時代の扉を押し開けた人 池上裕子

 日本史リブレット人042
 元の名前を伊勢盛時。京都から東国にやってきて、自分の生きる世界を切り開いた人物の人生を追う。下克上の人物と思われていたのは、由緒ある伊勢家出身なのに、氏綱がわざわざ北条を名乗ったことで、かえって馬の骨感が出てしまったのかな。徳川に名乗りを変えられた松平家の立場というものも?

 本人が領土を拡張するのに平行して、援軍としての働きも多く、非常に活発な出兵を行っている。
 それが可能だったのは蓄財の心がけと戦での惜しみない出費、検地による収入の強化、備中から連れてきた「根本被官」たちの常備軍に近い状態などのおかげだろうか。
 年貢の金納が農民の負担になったので一部物納にしたことは実状にあわせた後退だったけれど、外部の問題がなく、そのまま家が続けば北条氏による紙幣の発行に踏み切れたかもしれないと夢見てしまった。

 北条早雲のやったことは先進的であるが、それは先進的にならざるを得ない事情があったから、という視点からも見るとおもしろい。
 足利家が「源氏の血を活かして」関東で内輪もめを繰り返してくれたことも北条早雲には援護射撃になっていた。

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北条早雲: 新しい時代の扉を押し開けた人 (日本史リブレット人)
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ニセモノ図鑑〜贋造と模倣からみた文化史 西谷大

 国立歴史民族博物館の「大ニセモノ博覧会―贋造と模倣の文化史―」展示内容をふまえて編まれた本。大量のニセモノが紹介されていて、たまに本物もある。
 研究のために作られたレプリカはニセモノといえばニセモノだが意味あいが全く違ってくる。

 絵画史の某教授による贋作絵画の鑑定結果が何でも鑑定団的でおもしろい。もちろん本の内容からニセモノ率が非常に高いのだが。
 かなり酷くけなされている贋作もあって、所有者の度量に感動した。先祖の鑑定眼も批判されていることになるから、人によっては怒ってしまう内容だった。
 ちなみにコーナーでは名前を隠していても巻末にはしっかり出ている。
 落款の間違いなどは、贋作作者が「せめてもの抵抗・なけなしの良心」でわざと間違えた形にした可能性があると思う。
 単純にバカにしていいものではないかもしれない。

 有名な「人魚の剥製」については作り方から紹介されていた。今でも作れる技術をもった人がいることも凄い。猿は有害動物駆除されたものが使われたと断りが入っているところは現代の出版物らしかった。

 研究者にとっては困りものの「ニセモノ」だが、それすらも研究対象にしていく研究者のたくましさを感じてしまう内容だった。

ニセモノ図鑑: 贋作と模倣からみた日本の文化史 (視点で変わるオモシロさ!)
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シリーズ「実像に迫る」012〜戦国京都の大路小路 河内将芳

 各種の史料から戦国時代の京都の知られざる姿が描かれる。惣構に囲まれ、街路がいくつもの門で区切られた窮屈な京都が浮かび上がってきた。道にどんどん避難民の建物が進出してきたのは火事のときに酷いことになりそうだ。さすがに最初の規格通りの幅は維持できないと思うけれど維持できていたら現在の京都は便利だったかもしれない。

 「通り」という呼び名の誕生もあって、戦国時代の京都から現在の京都へのつながりが、いろいろ紹介されていた。応仁の乱が「前の戦争」と呼ばれる都市伝説の背景には、京都の姿が激変した転記だったことがありそうだ。
 上京の大半が洛外にあることも覚えておきたい。

 通りごとの特色説明もおもしろく現在の通りを覚えるためにも役立ちそうだ。
 信長よりも秀吉のほうが遙かに大きな改変を京都に対して加えていることは覚えておきたい。与えられた時間の関係もあるかもしれないが、やっぱり秀吉の方が革命的なんじゃないかな。というよりも信長が守旧的?

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戦国京都の大路小路 (シリーズ・実像に迫る12)
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和食文化ブックレット5〜和食の歴史 原田信男

 日本の和食文化はいかにして生まれたのか。天武天皇による肉食の禁止令がはじまりとなって、穀物と魚の特異な食文化が育まれてきたことが分かるブックレット。影響力としては聖武天皇が大きいと思っていたが、歴代の天皇に繰り返し言われてきた結果なのだろう。

 表紙になっている絵が笑ってしまうくらい山盛りなのだが、これにも歴史的な意味があると本文を読めば分かる。山盛りぶりで関心を引いて理解した後に表紙をみればちょっとした感慨がわいてくる仕掛けなのかもしれない。
 各地の神社に伝わっていた神饌料理が、明治時代の神社の統一によって餅などを供える形式にされて、現代にそれぞれ独自の文化を残していないのは残念である(諏訪神社など例外はあるらしい)。

 著者によれば和食は本膳料理でほぼ成立し、江戸時代には庶民の口に入るにまでなった。八百善のものすごい価格設定には度肝を抜かれた。
 明治時代に入ってからは肉食が解禁されて、洋食というライバルも生まれるのであるが、戦中がいちばん苦しい時代だったようだ。
 朝食は1円、昼食は2円50銭、夕食は5円までと価格で統制されていたのには驚き呆れた。まさに食の暗黒時代だ。それでいて上流階級の抜け道はあったんだろうな。さらには人間の尿から塩を取る方法も研究されていたと言う……。
 いまこうして自由に食べ物を口にできることは本当にありがたい。

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近世商人と市場 原直史 日本史リブレット88

 近世の農業にとって重要な肥料であった干鰯。その取引を行っていた江戸と大坂の市場について江戸時代の変遷を追うリブレット。
 干鰯は換金作物に使われることが多い関係で、当初は江戸から大坂に出荷されて流通していたものが、やがては江戸周辺でも利用されるように変化してくる。
 あるいは藩が問屋を通さず直接領内に買い付けようと動き出す。そのことから生まれる綱引きが興味深い。権力相手には一丸となって行動した方が有利であるが、市場内部でもいろいろな対立があってまとめるのも簡単ではない。
 それでも利益という共通目標があるから、商人たちは何とか動きつづけるのであった。

 江戸の市場では同じ店が仕入れた干鰯を、同じ店が買う場合でも市場を通して買い付けの手続きが必要になっている事情がおもしろかった。
 現代では非効率と言われそうであるが、それが同時に中間を廃するために行われているのである。大坂と江戸、東浦賀、どの市場が生産者や消費者にとっては良い市場だったのかな?
 答えはどんな市場でも複数ある方が交渉余地が残って良い市場ということに落ち着きそうだ。

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インカ帝国史 シエサ・デ・レオン著 増田義郎 訳

「しかし、彼(アタワルパ)にとっての法とは、武力のうちにあった。彼にとって、武力こそは良き法であった」
 それで武力によってレコンキスタの虜囚になってしまったのだから、アタワルパにとっては因果応報。素直にワスカルの王位を認めておけばインカ帝国の歴史は違ったものになっていたはず。
 基本的にスペイン人に批判的でインカ人には同情的な著者が、アタワルパに関しては因果応報に受け取れる一文を組み込んだ意図が気になった。まぁ、先代のワイナ・カパックがアタワルパに将軍と親しむ機会を提供しすぎたのも悪い。
 パチャクティから代を追うごとにインカの性格に問題が出てきている感じだったので、ワスカルとアタワルパの衝突は当然の帰結だった風にも受け取れた。支配領域が広がったことで利害調整が難しくなり、どうしても誰かにとっては悪い支配者になってしまう可能性が増えたとも考えられる。
 ピサロたちとほぼ同時代人の著者が得られた資料は口述だったことは意識しなければなるまい。

 インカ帝国の優れたシステムについては持ち上げすぎにも思われたが、周囲の食人部族との明確なコントラストが著者に強烈な印象を与えたものと想像した。
 謀反人の牢屋にいつも人がいると書いているあたりに、政治的な不安定さが暗示されている。
 それでも文字がないからこそ虚偽の少ない社会だったことなどは想像できて、非常に興味深い説明だった。民衆の負担を軽くする工夫には感心させられる。
 ただ、支配領域を外れて遠く大軍で遠征している場合があるので、補給の問題を説明し切れていない気はした。チーニョがあるから、それでかなり助かっていたのかな。

 インカ帝国に特徴的な兄妹結婚の制度については、妻が浮気をしても王家の血を確実につなげるためのものだと説明されている。むしろロシアの王家に必要な制度だな。
 著者が一部地域にみられた同性愛は糾弾しながら、インカの近親相姦には何も言っていない点が気になった。スペイン人やキリスト教徒の一般的な倫理に反していなかったとは思えないのだが。

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洛中洛外図屏風〜つくられた<京都>を読み解く 小島道裕

 京都の姿を二双の屏風で描き出した洛中洛外図屏風。上杉本が有名なこの作品は戦国時代から江戸時代まで連綿とつくられ、たくさんの作品が存在して、制作者と時代にあわせた変化を遂げてきた。
 そこに込められた非常に豊富な情報を読み解いた一冊。

 洛中洛外図屏風は福井の賜物なのかもしれない。最初にあったと考えられる「朝倉本」だけではなく、徳川忠直が岩佐又兵衛に発注したと著者が推定する舟木本まで、重要なところで福井が出てきた。
 琵琶湖を通じて京都と程々の距離にあった位置関係が影響しているのかもしれない。簡単には行けないが本来の姿を無視できるほど遠くもない。

 著者の推定によって歴博甲本などに描かれた人物が、実在の人物に比定されることには知的な興奮を覚えた。簡略化された絵であっても、こんな顔だったのかと感心する。
 特に上杉本に足利義輝が描かれているらしいことは忘れられない。
 屏風を描いた作者も載っている可能性があることは、古今東西を問わない茶目っ気であるかもしれない。

 写真もなかった時代に、洛中洛外図屏風がメディアとして果たしてきた役割の大きさが良く分かる本であった。歴史の本を読むときに洛中洛外図屏風の名前は良く出てくるので本書で覚えたことを念頭に読みたい。

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一乗谷 戦国城下町の栄華 朝倉氏がえがいた夢:上杉本を参考に一乗谷の城下町を復元している

洛中洛外図屏風: つくられた〈京都〉を読み解く (歴史文化ライブラリー)
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カテゴリ:歴史 | 19:47 | comments(0) | trackbacks(0)

図説アメリカ軍の日本焦土作戦 太平洋戦争研究会

 もうやめてくれ。
 徹底的に叩き潰される日本の様子に時間を超えて悲鳴が出てしまう。航空を飛ぶB-29の爆撃に対しては、思うような反撃ができず、ほとんど一方的に爆弾を降らされ続けているのだから救いがない。

 途中で日本による反撃の様子がちょっとだけ取り上げられていたが、有効な高射砲は国内に二門しかない15センチ砲だったと説明されている。それが大量に配備できれば、空襲しにきたB-29の2割に損害を与えられる計算だったらしい。
 著者はそれでは止められないとしているが、繰り返し爆撃をおこなうのに2割の損害を受け続けるのは流石のアメリカ軍でも、なかなかハードだと思う。
 まぁ、15センチ高射砲が大量生産できていない以上は夢物語だ。

 グラフをみると1945年1月には、航空機も飛ばしてかなり反撃していて、B-29の損害もそれなりに多いのだが、だんだんB-29の損害が減っていく。
 これは本土決戦に備えて航空機を温存していたためらしい。意味のある判断だったのか微妙である。

 後半は原爆投下について描かれていて、インパクトがありすぎて焼夷弾の絨毯爆撃の記憶が薄れてしまいそうになる。
 マッカーサーが原爆投下に怒ったという逸話には意外の念を覚えた。朝鮮戦争では使おうとしていたせいだが、すでに日本は死に体だから使う意味がないとの判断だったらしい。それなら朝鮮戦争での判断と整合性はとれる。

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Fw190シュトゥルムボックVS.B-17フライング・フォートレス ロバート・フォーサイス

図説 アメリカ軍の日本焦土作戦―太平洋戦争の戦場
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シリーズ「実像に迫る」009〜松永久秀 金松誠

 裏切りや謀殺の汚名にまみれた戦国時代の武将「松永久秀」。後世の風聞を脇において、彼が実際に行ったことを整理してまとめている一冊。
 信長と戦った一度目は裏切りというよりも、なりゆきに読めた。足利義昭との関係から信長との対立になっているのに、その足利義昭が味方に回ってくるあたりの展開は畿内らしい……。筒井氏との関係もこんがらがっている。
 二度目は多聞山城破却の恨みでヤケクソの謀反。あまり成算のあった感じがしないのだが、今までの畿内勢力と同じく織田軍も安定した攻勢は続けられないと読んだのか。
 最後に松永久秀を攻めたのはそうそうたる面々だった。

 三好長慶との関係については、長慶の死をふせるために、実権をもってふるまったことが、久秀の悪名につながっているようだった。長慶の死は久秀にとっても大きな痛手で、人生の下り坂をもたらしたと考えて間違いなさそう。
 東大寺を焼いてしまった件も、三好三人衆ともども心を痛めていたらしい。

 茶道をやっていたように繊細な人物で、追い込まれた立場に思いっきり開き直ることはできなかった印象を受けた。

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へうげもの1巻 山田芳裕:松永久秀の自爆シーンが出てくる漫画

松永久秀 (シリーズ・実像に迫る9)
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